なしごれん@maku puppet

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2012年9月13日 (木)

ひとつの区切り

平日に休みが取れた今日

以前、勤務してた会社へ行った

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会社の事務所に残したままにしていた僕の私物を取りに行った

と言うのは建て前で 実は もうひとつ大切な目的があった

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お世話になった社長や取締役に会い、

僕が過去に うつ病を発症し、迷惑を掛けたお詫び

手を差し伸べてもらったお礼

そして 「僕は 今、おかげさまで元気に頑張ってます」と伝えたかった

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ひざを交えて 会話した

これで僕は心の中で ひとつの区切りが出来た

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また これで前を向いて歩いて行ける

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ところで 仕事用の腕時計を買いました

うわ! もぅ、3時やんけ~

3時のお茶にしなきゃ!

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2012年9月12日 (水)

元気を取り戻しました

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僕は休日が大好き

明日は代休、嬉しーなー

それで明日は平日にしか行けない某所と某所他、気ままにハンドルを切る

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それにしてもさ、休日なのに自宅で じっと寝てないで

以前と同様、外を動き回るようになった

そんなことも スゲー嬉しい

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ここまで回復したのも 周りの人のおかげ

ありがとう

2011年11月20日 (日)

体が悲鳴を上げる

僕は現在、うつ病は完治したものの、

再発防止の目的で 某病院へ定期的に診察に行っている。

その一方、今年の9月頃から咳が止まらない。

鹿児島市内の内科へ行ってみた。

すると「咳ぜん息」と診断され、飲み薬を沢山もらい、

その9月から治療を受けているが、なかなか

一向に改善される気配が無い。

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そこで、僕は病院を変える事にした。

行った先は鹿児島市城山町にある 「国立」と名の付く

大きな病院。

そこの循環器科へ行った。

そこでは、肺のレントゲン、採血、尿検査など幾つか

検査を受けた。

その結果、検査には異常無し。

しかし、そこのドクターから指摘を受けた。

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「あなたは 体に無理が来ている。

 咳が続くのは、その証拠。

 人によっては その症状が胃潰瘍だったり、狭心症だったり

 原因不明の病気が起こる。

 あなたの場合は、体が悲鳴を上げているメッセージとして

 咳の症状が続いている」

「あなたは現在、まだ うつ病が完治したばかりである。

 色んなリーダー役や幹事役をやっているようだが、

 それらは全て、他の人へ代わってもらいなさい。

 リーダーや幹事と言う立場は、一般の人でも大変なのに

 今のあなたの体調では無理」

「周囲の人が あなたへ話しかければ、普通に真面目な

 答えが あなたから返ってくるので、

 一般の人は気が付かないが、私は経験上、

 あなたの顔・対応を見ただけで体調を崩しているのがわかる」

と 言われた。

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この事は、某講座、僕と同じクラスの 或る女性からも

以前から同じ指摘を 何度か受けていた。

「私が見る限り、だいぶ無理してるようです。

 抜けれるものは 全て辞めて、

 そして休みの日ぐらいは ゆっくり休んでください」

そう、言われていた。

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と 言う事で、現在 背負っている役割や活動を降ります。

今後の自分に役立てようと様々な事に 参加してきましたが、

少しずつ、抜けます。

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元の うつ病の状態には戻りたくありません。

何年もかけて、回復しました。

回復には、家内を犠牲にしました。

そんな苦しい過去には、もう戻りたくありません。

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しかし余計な心配かもしれませんが、

今まで僕がやってきた事を 僕が辞めた事で

代わりに誰かがやることになるわけです。

誰が代わりにやってくれるか、(又は引き受けてくれる人がいるか)

まだ全くわかりませんが、代わりの人に迷惑を掛けるようで

ちょっと申し訳無いです。

2011年8月12日 (金)

コミュニケーション能力、上がらない?

僕は現在、某病院の精神科へ通院している。

主治医からは

「既に あなたは鬱の状態から脱している」と診断され、

当の本人の僕は とても元気だ。

しかし鬱病は完治しても しばらくの間は 鬱病の薬を

飲み続け、今度は少しずつ薬を減らしていかねばならない。

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今日は その診察日だった。

主治医からは

「あなたは性格上、コミュニケーション能力が低い。

 これは頑張って上げようにも 上げられない事である。

 なので、無理をせずに 今の状態で このまま生活していけば良い」

と言われている。

僕にとっては

「何だとぉ? バカにするなー!」である。

確かに精神科の主治医が言うように 僕は 人づきあいが

下手くそで、クチベタである。

初対面の人や苦手な人には どう対応して良いか迷う。

しかし、だからと言って 僕は

「コミュニケーションが苦手だから、この性格は放っておこう」

とは 思わない。

僕は周囲のアドバイスを受け、少しずつ自分を改善する

努力をしている。

何も病院の先生の言う事が、必ずしも正解とは限らない。

彼らも僕と同じ人間である。

参考にはするが、全てを鵜呑みにはしない。

僕は 僅かながらであるが、以前の自分に比べ、確実に

コミュニケーション能力は上がっている。

身近な人が言うのだから 間違いない。

人は生きて行く上で必ず、コミュニケーションが発生する。

なぜならば、

誰しも 一人では生きていけない。

コミュニケーションとは、生きて行く為に必要な事項である。

主治医から

「あなたにはコミュニケーション能力を上げるのは無理」

と言われた事項だが、チャレンジもしないのに

勝手な結果を言わないで欲しい。

僕は 今からコミュニケーション能力を上げる為に

まだまだ自分を磨いていく。

この作業も楽いし、自分の変化するのが目に見えて

おもしろい。

既に今の僕は(良い意味で)以前の僕では 無くなっている。

そして、この努力の結果が、円滑な人間関係へつながれば

尚、嬉しい。

人間は目標に向かって努力をし、歩き出せば刻々と変わっていく。

おもしろい生き物である。

2011年5月15日 (日)

一時、中断させてください。

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僕は職場復帰して1カ月以上経過しますが、鬱病の症状は良い方向へ

向かっているとは 正直、思えません。

それどころか、先日は 「躁鬱病」の診断をされました。

状況は 逆に悪くなっています。

何も進展が見られないので、自分に対する もどかしさがあります。

「早く病気を治し、仕事をしなければならない」 と言う焦りもあります。

しかし、今の僕には どうにもならない。

どうにも 出来ない。

もどかしいです。

 (ちなみに一番上の写真は 天文館のカフェ、Infinity(インンフィニティ)の

  コーヒー、ミニ占い付き)

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 (写真は夜の天文館アーケード。この通りは、ほとんど人通りが無く寂しい。)

そして、僕には 身内の問題があります。

家内との離婚問題がどう決着するのか。

又、僕の妹との不仲。

僕の心は それらの問題で毎日、不安定で ぐらついている状況です。

リワークのカウンセラーが言うには、

「病院の薬剤療法を受けても まずは、身内の問題を解決しなければ、

 心の病気は回復には向かわない」

と 言われました。

そこで勝手を言って 申し訳ないのですが、

「一時、このブログを中断させて頂きたい」と思っています。

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 (写真は僕の大好きなイラストレーター大寺 聡さんのデザインのマウスパッド)

1.まずは、身内の問題に まじめに本音で取り組み、

2.その後、自分の病気と向き合いたい と思います。

  場合によっては、セカンド・オピニオンも受けたいと思っています。

なので、上記項目1と2が、或る程度、落ち着くまでの間、

しばらく ここのブログは お休みさせてください。

現在の自分の問題、自分自身に取り組みたいと思います。

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 (写真は「家内への手紙」便せんへ執筆前。本番直前で、ドキドキ。)

ブログの中断にあたっては、或る人からのメッセージが要因でした。

「ブログを見る限り、あなたはネット依存になってる可能性が高い」

その言葉を聞いて、自分の今の容態が少しでも良くなるのであれば、

勝手ながら「自分のブログを一時、中断しよう」と思った訳です。

僕の容態はネットには 関係ないかもしれません。

しかし、少しでも容態が改善する可能性があるのであれば、

少しの可能性でも掛けてみたいと思っています。

それほど、今の僕は 自分自身が追い詰められています。

早く元の自分を取り戻したいです。

但し、僕は文章を書くのが大好きなので、全てをSTOPはせず、

ここのブログ左上に貼ってありますツイッターは、ぼちぼちと続けて

行こうと思っています。

文章を書く場所を全く無くすると、逆にストレスが貯まってしまいそう。

今までより更新ペースは落ちると思いますが、またよろしければ

お付き合いください。

そして、ブログ再開後は(いつになるか わかりませんが) 再び、

今までのようにお付き合い頂ければ、幸いです。

2011年5月 7日 (土)

そう、でした。

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先日、僕は掛かり付けの精神科へ定期的な診察へ行ってきた。

僕は ここ数カ月、自分で言うのも何だが、調子がおかしい。

以前の自分では無い行動をしている。

その証拠に 家内や妹から

「以前と比べて、あなたは(悪い方へ)変わった」と言われている。

僕は その事を含め、最近の心情を精神科 主治医へ話をした。

すると出された診察結果は「躁鬱病」(そううつ病)だった。

僕は今までの「うつ病」に加え、「そう状態」も 引き起こしていた。

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僕が自分で感じる主たる具体的な変調とは、

1.自分の本位で無い事を相手から言われると すぐに怒りがピークに

  達し、相手を 自分の気が済むまで、言葉で攻撃する。(怒鳴り声)

  しかも自分の心の中では、(これはマズイ)と思っていても

  攻撃の言葉は、一旦、火が点くと自分ではセーブ出来ず、攻撃し続ける。

2.周囲の人の意見が自分の中に入って来ず、すぐに拒否してしまう。

  相手は好意的にアドバイスをしているのに 受け入れられない。

  アドバイスは「自分を否定したもの」と感じ、聞く耳を持たない。

これらは ほんの数カ月前までは、無かった現象だった。

そして僕の場合、「そう」と「うつ」の差が それ程ひどく無いので、

「双極性障害Ⅱ型」と診断された。

(そう状態は、まだ軽い「軽そう」状態)

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参ったね。

タダでさえ、うつ病で悩んでる毎日なのに、うつ病が良くなるどころか、

逆に 症状は悪化している。

しかし、これも事実として 認めなければならない。

今の現状の自分を受け入れ、更に治療に専念しなければならない。

ちなみに余談だが、僕がこの「躁鬱病」になった原因は、長期にわたる

抗うつ剤の副作用によるものらしい。

なので、今回処方された飲み薬も 抗うつ剤が少し減らされただけで、

大きな薬の変更は無かった。

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そして、最後に。

僕は現在、自分の妹と仲が悪い。

それは、再三、妹が僕に向かって

「(僕の)様子がおかしいので、今の精神科から別の病院へ転院しろ」、

「精神科で良い先生のいる病院を見つけたのでそこへ行け」、

「ヒーリングは、うつ病の治療から逃避する為の手段に過ぎず、

 ヒーリングなんかやめて、うつ病の治療に専念しろ」等、

忠告を受けてきたが、僕は それらを全部、無視した。

妹からの再三のメールも1度、サッと 目を通しただけで、

すぐに全て削除した。

なので、妹から送られてきたメールは

「兄妹なので、ずっと応援してきたが、もう私はキミの相手は出来ない」

と言う諦めのメールだった。

それを最後に こちらから試しに世間話のメールしても返事は無い。

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妹からの返事が無い事は、別に どうでも良い。

僕が妹を無視してきた理由は、先ほどの「躁鬱病」の症状のひとつ、

「人の意見を聞き入れる事が出来ない」にあり、その根底には

僕が大事に思っているヒーリングを否定されたことにより僕は妹に対し、

怒りの感情を持っている。

なので、素直に忠告を受け入れられない。

僕は 定期的に精神科の診察を受け、処方された薬もしっかり服用して

いるので、妹の意見を聞き入れる必要は無い。

そして僕は「今すぐ妹と仲直りしたい」とは思っていない。

「時間が経てば、そのうちに話す機会もあるだろう」、

「今は その時期に無い」と思っている。

放っておけば良い。

そんなことは、さておき。

病名が「双極性」とあるように、今の僕は 本来の僕とは違う、病気に

よる別の人格が確実に 僕の中へ存在している。

今は その別の人格に支配されている割合が大きい。

自分の力では、セーブ出来ない。

2011年5月 3日 (火)

終日、眠ってました。

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ゴールデンウィークも中盤になり、皆さん いかがお過ごしでしょう。

僕は今日 1日中、何にも やる気が起きなくて、その上、

最近、深夜の中途覚醒が酷かったので、眠かった。

大好きなスターバックスに行く気がしなかったし、パソコンへ向かう

元気さえ無く、体がダルくて動けない。

なので、午前・午後とも(食事以外)ずっと眠ってました。

これも僕の うつ病の症状のひとつ。

そして、こんな僕を急かすこと無く、そっとしておいてくれる

家内に感謝したい。

明日は復活出来るかも?

2011年5月 2日 (月)

そう、かもしれない。

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僕は長い休職期間を抜け出し、職場復帰して1か月が

過ぎようとしている。

たった1ヶ月の間に社員とのトラブルもあった。

しかし、もっと深刻なのは 僕自身が変わっていったことだ。

僕は、職場復帰したものの、まだ うつ病は完治していない。

それどころか、職場復帰したことで 僕の うつ病の症状である

深夜の中途覚醒は酷くなっていた。

それと もうひとつ困ったことが出てきた。

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先日、僕は何気なくネットで、うつ病についての調べものをしていたが、

その中で「そううつ病」(躁鬱病)と言う言葉にたどり着いた。

そう状態と、うつ状態を交互に繰り返す病気である。

閲覧ページ上にあるチェック項目を試してみれば、僕は どうやら

躁(そう)状態にも当てはまる。(双極Ⅱ型障害)

困った。

ただでさえ、うつ病の治療が長引き、完治せずに困っているのに

いつの間にか、他の病気も併発しているようだ。

考えてみれば、身近にいる家内からも 僕の妹からも

「あなたは、以前と比べて変わった」と言われている。

それが、良い方向へ変わったのなら良いけれども どうやら逆らしい。

僕自身も人と会話していて「あれ? 今までの自分と違う」と感じる

ことがある。

もっと具体的に言えば、以前の僕は相手から色々と自分の納得のいかない

ことを言われても 言い返さず、自分の感情を自分の中で押し殺し、

表面には出さなかった。

それが相手との葛藤を起こさない一番平和な方法だと思っていたからだ。

しかし、今は違う。
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自分が納得いかないことがあると、一気に頭へ血が登り、怒りの感情が出て、

自分でセーブすることなく、思ったことを そのまま言葉に出してしまう。

自分の言い分を必ず、言葉にして出してしまう。

しかも攻撃的に。

今までの僕には無かった行動だ。

そして以前に比べ、寡黙だった僕は饒舌になり、金遣いも荒くなっている。

これもまた「そう状態」の症状の ひとつだ。

まだ自己判断だが、うつ病に加え、僕は「そううつ病」もしくは、

「軽そう状態」にあるかもしれない。

家内や勤務先の上司に 僕が今、述べた上記の「そう状態」と思われる

症状について、相談してみたが、両者からの回答は、、

「考えすぎ」又は、「そこまで思いこむ必要は無い」だった。

また今週の精神科 診察時に専門家の主治医へ今の現状を

相談してみようと思う。

場合によっては「躁」(そう)に効果のある薬を処方してもらおうと思う。

参ったなー。

2011年4月21日 (木)

もう、やめます。

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先日、僕が通院している精神科の診察時に 主治医から

僕へドクター・ストップが、掛かった。

主治医から 僕へ言われた言葉は、

「今後、そこへ文章を書き込む事は 一切、禁止」だった。

実を言えば、今まで主治医には文章を書いている事は内緒にしていた。

事実を知った主治医は、驚くと同時に

「なぜ、そんなことをやっているのか?」と問われるぐらい怒っていた。

そして、

「職場復帰したばかりの大事な時期に、体に負担になることを

 やっては ダメ!」

と主治医から キツく言われた。

僕は それを聞いて 正直なところ、ホッとした。

もう その文章の呪縛から ようやく抜け出せると思った。

ドクター・ストップが掛ったことで会社側も僕の行動を禁止するだろう。

実を言えば、僕は今まで文章を書くことによって、悩み、強いストレスを

受けていた。

そして、僕が文章を書き、僕の文章を読んだ者からコメントを言われるのが、

何よりも 大きなストレスだった。

そのストレスによって、昼も夜もイライラしていた。

勤務先の仕事の環境整備どころでは無かった。

僕は主治医の言葉を聞いて安心した。

「これで余計なストレスから抜け出せる」

そう思った。

と言う事で、

もう、今後 一切やめます。

会社で行っている「交換ノート」への書き込みを。

2011年4月16日 (土)

復活しました。

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先日、僕は食事について関心が無くなりましたが、

すっかり今日はお腹が空いて 普通に食事を出来るようになりました。

今 思えば、以前あった「食事をする時の面倒さ」が、なぜ

あったのか、不思議に思うくらいに回復しています。

ちなみに今夜は、調子に乗って お酒まで飲んでます。

酔った勢いのまま、この文章を書いてます。

ウヒヒ。

以前、うつ病の重かった頃、自分を早く この世から消し去りたくて

自殺したくて、焦ってました。

でも、うつ病が回復傾向にある 現在、なぜ そんな感情を

持ったのか、今では不思議に思います。

今回も同様に なぜ、食事に関心が無くなったのか不思議に思います。

それほど自分を変えてしまう、うつ病と言う病気は 恐ろしい病気だと

今回再認識しました。

今週は 思いもかけず、ツラく苦しい出来事がありました。

その結果、うつ病の症状が重くなって、食事をする事さえ、重荷になり、

怒りの感情で 夜はもちろん、イライラして寝不足なのに 昼間の

昼寝さえ出来ない状態が続きました。

しかし、僕の周囲の人の支えで、僕は立ち直る事が出来ました。

今は 以前の冷静な自分に戻っています。

僕は とても運が良い事に どんなにツライ直面に出会っても

(直面している時は 確かにツラくても) 誰かしら、助けの手を

差し伸べてくれます。

そして、とてもありがたい事に解決への道へと導いてくれます。

今回も そうでした。

周囲の人のお蔭で、立ち直る事が出来ました。

僕は とても恵まれた環境にあり、その事へ(その人へ)感謝します。

僕が職場復帰した第2の人生は、始まったばかり。

今後の人生も まだ更に辛く苦しい事が待ってるでしょう。

でも、僕は大丈夫。

周囲の皆さんの支えで、僕は生きています。

今後の人生も 必ずや困難な壁を乗り越えられるはずです。

そう信じています。

2011年4月13日 (水)

面倒な食べる作業

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最近の僕は、食事をする事に 興味が無くなって来ている。

以前は、食べる事が大好きだったのだけれども、最近は お腹が空いても、

食事の時間帯になっても 「食べたい」と言う意欲が

沸いてこない。

これは「胃や腸の調子が悪くて、食欲が無い」と言う感情とは

全く違う。

自分の体の為に義務感で、無理やり食事をしているが、

食べながら感じる事は、

「とにかく食べる作業が面倒」。

なので、食事の量も以前に比べ、自然と少なくなった。

なぜ、食べなければいけないのか、不思議でならない。

「出来れば、何も食べずにいたい」と言うのが、

正直な気持ち。

同様に お酒についても 僕は今まで、1週間の内に一度、

週末の夜だけ、「お酒が飲める日」と決め、

毎週その日を楽しみにし、大好きな日本酒を飲んでいた。

しかし、その大好きなお酒にも興味が無くなった。

これは「別に飲みたいとは思わない」と言う、以前の僕では

考えられない 無関心の感情である。

こんな気持ちになるのも うつ病と関係しているのかしら。

2011年4月12日 (火)

交換ノートをしてみたけれど。

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先月末のリワークによる会社訪問で、うつ病再発予防の対策の一つとして

会社側と僕とで 交換ノートをする事が決まった。

(リワークとは、うつ病患者が通う職業復帰支援の施設)

僕は 昨日、その第一回目として、勤務先のリワーク担当者

(ノートの交換相手)へ 昨日の会社で感じたこと、現在 思っていることを

素直に 本音で書いた。

すると それを読んだリワークの担当(総務の年下の女性)から

呼び出され、別室で二人きりになり、僕が書いた内容について、

アドバイスが始まった。

元々、忙しい中、無理に僕が相手へお願いし、会社へ僕の要望を

伝える手段としてスタートさせてもらった このノートだったが、読んだ

彼女は僕の考えが、気に入らなかったらしい。

本当に素直に書いたつもりだったが、それを受け入れてもらえず、逆に

小言を 言われる羽目になってしまった。

詳しい内容は書かないが、興奮して高圧的にものを話す態度は、僕より

年下と言えど、彼女の父親そっくりである。

僕には彼女の声が 「私の言う事を聞きなさい。私の言う事が絶対に正しい」

と、一方的なメッセージにしか聞こえなかった。

僕は その小言を聞いてる間、ずっとイライラし、自宅へ帰った後も

その不快感は 消えなかった。

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僕は精神科に通い、リワークに通って、何人ものプロのカウンセラーと直接会って

話をしている経験がある。

僕が今、話をしている相手は、カウンセリング知識の無い、ただのOLだ。

忙しい中、無理に時間を割いて、僕の相手をしてくれているのは感謝するが、

今回、話をしている相手は、カウンセラーの対応の仕方に比べ、明らかに

彼女の思考は偏っている。

経験が無いので、仕方の無い事だろう。

しかし彼女の父親が、そうであるように 彼女も そう言う環境で

育ってきた人なので、

「そう言う人だからしょうがない」と諦め、僕自身が納得の行かないまま、

「わかりました」と僕が折れるべきだろうか。

僕としては、彼女と論破し、白黒ハッキリ付けたい気分である。

もっと本音を言えば、争う事無く、僕の意見を社長へ伝えてくれて、それが

会社に反映されれば、それだけで 僕の気持ちは収まる。

僕は彼女の個人的な見解は、求めていない。

今のままでは、僕にイライラが貯まる一方で、本来の目的の うつ病再発

防止策には ならない。

どうせなら 偏り過ぎた彼女の意見では無く、別の人の意見を聴きたい。

このままでは、いけない。

意味が無い。

会社へ打診をしてみようと思う。

2011年4月 9日 (土)

交換ノートの実施

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僕は長い休職期間が終わり、職場復帰して1週間が経過した。

1週間経過してみれば、自分では「何とも無い」と思っていても

午後から体がダルく、強烈な眠気が襲ってくる。

しかも収まりつつあった深夜の中途覚醒も職場復帰してから

増えてしまった。

「自分は まだ平気」と言う自分の気持ちとは裏腹に、体は正直に反応し、

体からは無理が来ているサインが出ていた。

そこで、僕は会社へお願いをした。

勤務先の社内でも 僕が一番会話しやすい人(特定の2名)にお願いして、

「交換ノート」を させてもらう事にした。

僕は対人関係について、内向的で非主張的である。

そこで、僕は社内で 自分のメンタル面のケアをしてくれる

「心のサポーター(先ほどの2名)」を持ち、僕が現在、社内で不安に

思ってる事や悩んでる事を交換ノートに書く。

そして、それを見た 心のサポーターが、客観的に僕へアドバイスをくれるなり、

実際に社内で行動してもらえる事になった。

ありがたい社内環境だと思う。

しかも今回僕が指定させてもらった 心のサポーター2名は 僕が、社内でも

一番、心を開き信頼している人達だ。 

社内の人間関係をよく把握してるし、行動力もある。

僕は うつ病再発防止策のひとつとして、この交換ノートを実施させて

もらおうと思う。

心のサポーターには 本来の仕事以外にも この余計な仕事が増えてしまう。

なので、申し訳無い気持ちではあるが、2名は快く了解してくれたので、

「ここは思い切って、甘えてしまおう」と思う。

この件については、勤務先の社長も了解済みだ。

僕は早速、来週から毎日、交換ノートへ社内で感じてる事や自分の体調の

状況などを書き込み、報告しようと思う。

僕は毎日、書き込む事によって、日を追うごとに 自分でも気付かない

自分の変化が出てくると思う。

これは うつ病再発防止対策のひとつとして始めるものだが、自分自身の

気持ちの変化にも僕は注目したい。

交換ノートへ書き込む事によって、自分自身の新たな「気付き」が

出てくるに違いない。

これは自分自身を改めて捉える、良い機会だと思う。

自分の日頃の変化も客観的に見てみたい。

そして、この機会を与えてくれた勤務先の会社、それと心のサポーター2名へ

感謝したい。

2011年4月 6日 (水)

職場復帰しました。(2)

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昨晩は、職場復帰した感想を伝えるつもりが、いつの間にか

うつ病になった経緯やら、今後、僕が考えている事など、

職場復帰の話と 少しそれてしまった。

ちょっと熱く語ってしまった。

今夜こそは、久しぶりに勤務先へ出勤した感想を述べたい。

まず、僕が休職時、僕がいなくなった代わりの補充として 僕の課内へ

若手が3人入り、うつ病で急きょ、入院し、休職した僕の後の仕事を

若手3人が引き継いでいてくれた。

彼らは 僕のやっていた仕事を いきなり任され、未体験の仕事を

手探り状態で 今まで やって来ていたに違いない。

それでも 今まで会社はちゃんと廻って来ていた。

その事について、彼らへ感謝すると共に、今度は僕から若手3人へ

僕の持ってるスキルを引き継ぎたい。

若手3人分の机が入って来た事で、部屋内の机の配置換えがされていた。

それに伴い、僕の持っていた資料関係も彼らが片付けてくれていた。

片付けてくれていたのは良いけれど、どこに何があるのか

わからない。

出勤して3日目の今日も 未だに自分の仕事環境の整備に追われている。

この作業は 当分の間、続くだろう。

しかも 会社で使っていた個人用パソコンも新しくなっていた。

以前、何年も使用し、自分が使いやすく設定していたパソコンは無くなり、

昔のデータの一部は無くなっていた。

特に困ったのは、仕事上の付き合いで使用するメールアドレスである。

何百人ものメールアドレスが、いっぺんに無くなった。

今後、取引がある度に 再度、相手からメールアドレスを聞き出さないと

いけない。

ちょっと面倒。

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しかし、その一方。

会社側は 当分の間、僕をアイドリング期間の勤務とし、徐々に

勤務時間を延ばしてくれる事になっている。

ちなみに職場復帰して、すぐの現在は午前中のみの勤務である。

以前のようなフルタイム出勤になるのは、数ヵ月後としてくれている。

僕は、勤務先の会社へ その配慮に対し、感謝したい。

体へ負担を掛けないよう、勤務先の社長から直接 僕へ

「元に戻るのは ゆっくり、ぼちぼちで良い。

 何年掛かっても良いので、良くなって欲しい。待っている」

と 声を掛けられている。

僕は その言葉に「ありがたい」と思う。

社員の連中も 僕を気遣ってくれているのが、言葉にしなくても

伝わってくる。

僕は勤務先でも みんなに支えられて生きている。

その事実と感謝の気持ちを 僕は忘れてはならない。

2011年4月 5日 (火)

職場復帰しました。(1)

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僕は今週月曜日より、元の職場へ復帰した。

うつ病による 長かった休職期間にピリオドを打ち、ようやく人生を

再スタートさせる事が出来た。

これも 家内を始めとして 休職期間中に 僕に携わってくれた、

皆さんのお陰である。

休職期間中に 出会った一人一人に感謝したい。

ようやく ここまでたどり着けた。

僕は 休職期間中、うつ病の症状として 一番重く、ツライ時期もあり、

うつ病のせいで、自殺を何度も計画した。

「早くこの世から 自分を消し去りたい」、「死んで楽になりたい」、

と言う思いが強かった。

しかし、身近にいた家内が僕の様子がおかしい事に いち早く察知し、

強制的に精神科の病院へ入院させられ、僕の自殺計画は失敗に終わった。

うつ病の一番怖いところは、死と隣り合わせの病気と言う事である。

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しかし、今になって考えてみれば、僕にとって うつ病になった事は

必ずしも マイナスな出来事ばかりでは無い。

なぜならば、休職期間中に さまざまな人達との出会いがあり、

うつ病にならなければ、知らずに人生を終わっていたであろう事や

体験出来なかった事と沢山巡り合った。

僕は うつ病になった事で 一旦、人生を立ち止まり、過去を振り返った。

すると 頭の中に印象深く残っている事は何も無かった。

お金を稼ぐ手段の仕事(会社)以外の事は 何も思い浮かばない。

僕は社会人になってから 数十年もの間、自分の人生の中で

仕事(会社)が、最優先だった。

自分や家庭、家内の事は ずっと後回しにし、突出して仕事を

一番先に持ってきて、周囲に脇目も振らず、ひたすら走り続けてきた。

「会社の為に」と思い、残業や休日出勤も率先してやってきた。

しかし その結果が、「うつ病」だった。

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僕は まだ この先、定年まで 残り何十年もある。

今後は「自分の人生を楽しみたい」と思う。

休職期間中に 元気なままでは、思いも寄らなかった人生の目標も出来た。

うつ病になった事で、僕の人生の目的(役割)が、ハッキリとわかった。

そこに向かって、自分を磨き、進みたいと思う。

もう、仕事(会社)優先の人生は キッパリとやめる。

社内での役職(昇進)の話もあるが、僕にとっては そんな事は どうでも良い。

そんな事よりも大切なものがある事に気付かされた。

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そして実を言えば、僕は とりあえず、職場復帰したものの、現在まだ

うつ病は 完治していない。

その証拠に うつ病の症状である深夜の中途覚醒が毎晩、何度も有り、

その度に 眠剤を飲んで 強制的に眠りについている。

中途覚醒のせいで、昼間は眠い。

そして、未だに精神科の主治医からは毎週、週に一度、定期的に診察を

受けるように言われているし、うつ病の薬も今後、何年間かは

飲み続けるよう指導されている。

しかも うつ病と言う病気は 調べたところによると、完治した人の

50%の人が1年以内に再発してしまう、再発率の高い病気で

ある事がわかった。

これからは うつ病が再発しないよう、自分自身に気を配りながら

ぼちぼちと人生を進めて行きたい。

これからは人生のスピードを緩めて生きていきます。

2011年4月 3日 (日)

開封できない手紙

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僕は、ビビっている。

この手元に つかんでいる手紙にビビっている。

僕は 先日の3月31日、年度末でリワークを卒業した。

(ちなみにリワークとは、うつ病患者が通う職業復帰支援の施設)

リワークでは、アシスタントカウンセラーのMさんから

職場復帰に向けて 毎日、僕は指導・指摘を受けていた。

アシスタントカウンセラーMさんは、これまで幾人もの

うつ病患者を見てきただけあって、人の観察力が鋭い。

人の気にしてる事、又は、本人が気付いていない考え方の癖等を

普段の様子を観て、ズバリと指摘する。

それが、うつ病患者が復職した時の うつ病再発防止策にも

つながるのだ。

最終日の帰り際、リワークを卒業する者、一人一人へ

そのアシスタントカウンセラーMさんから 手紙が

手渡しされた。

それが、この写真の手紙だ。

予定に無かった事である。

今までの経験からして、今後、僕が復職していく上で

僕の不足している箇所・修正すべき点のアドバイスが書いて

あるに違いない。(あくまで予測)

今から職場復帰なので、手紙に書いてあるメッセージは、恐らく

前向きなものだろう。

しかし、僕は それを見るのが怖い。

あの鋭い感性を持ったアシスタントカウンセラーMさんが、

何を僕に伝えようとしているのか、見る勇気が無い。

現実を見るのが、恐ろしい。

この手紙は(失礼ながら)しばらく読まずに放っておこうと思う。

勇気が出たら開封します。

現状の僕では、中身を見れません。

誰か代わりに読んで~。(泣)

2011年3月31日 (木)

それぞれの道へ

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3月末になり、季節は別れのシーズンだ。

僕が現在通っているリワークでも 僕を含め、3月末で

リワークを卒業し、新年度から職場復帰する者が多い。

昨夜は そんなリワークの 気の合う者同士で、サヨナラの

飲み会が行われた。

普段、参加している会社の歓送迎会とは違い、うつ病を克服しようと

する思い、或いは、リワークで職場復帰を目指すと言う目的を

持った者同士で、ほんの数カ月の付き合いだったけれども

僕達は目的意識が同じだっただけに 絆は深かった。

僕は 何事も無く、このまま別れ別れになるのは寂しいと思っていた。

しかし、昨晩の 飲み会が急きょ、開催された事で、大いに互いの意見を

言い合い、充実した夜になった。

そして、今後、各々の職場へ戻れば、仕事の都合で、もう今回のように

メンバーが揃い、飲み会をする事は難しくなるだろう。

でも、昨晩の 飲み会の御蔭で僕は、ひとつの区切りが出来た。

休職期間中の自分にサヨナラをし、新しい一歩を踏み出す決心が出来た。

飲み会が終わり、別れ際、僕達は互いに握手をした。

それは 力強いものだった。

僕は今までの感謝の気持ちと「復職先でも うまくやっていって欲しい」、

その願いを込めて、僕は両手で強く握り返した。

僕達は、長かったリワーク生活(休職期間)から卒業し、4月から

新たな気持ちで、それぞれの道へ戻り、人生を再スタートをさせる。

彼らのこれからの人生が幸せなものであるよう、僕は心から願っている。

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飲み屋から出てみれば、某駅の観覧車のネオンが、目に入った。

綺麗だった。

そこからは、癒しのメッセージが感じられた。

そして、そのネオンの大輪は、優しい笑顔で僕達を

応援してくれているように見えた。

2011年3月10日 (木)

波が来た?

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昨日もお話したが、今月に入り、僕の うつ病の状態があまり

よろしくない。

僕特有の うつ病の症状が出てきている。

深夜の中途覚醒、夜に眠れない、昼間の眠気、行動の億劫さ、等。

俗に言う、うつ病の波に 入っているのかも。

現在が、下降気味の位置なのかもしれない。

しかも この寒さも影響してるのかもね。

普段楽しみにしている週に一度の太極拳の練習も 明日の参加は

やる気が出ない感じ。

とりあえず、今日は もう寝ます。

おやすみー。

2011年3月 8日 (火)

プレゼン終了!

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リワーク(休職中の うつ病患者が通う職場復帰支援施設)での

僕のプレゼンテーションが終わりました。

リワークでのプレゼンテーションでは、うつ病の再発防止を目的とし、

自分が うつ病になった過去の経緯、自分の考え方の癖、

復職後の うつ病再発防止策等、自分オリジナルの文章を作り、

リワーク卒業前に発表します。

(ちなみに僕の場合、今回はA4用紙で17枚になった)

今日が、その僕の発表日。

1か月ほど前から 文章作成・準備をしていた。

長い道のりだった。

自分で言うのも何だけど、発表は思ったより うまくいったかも?

でも、発表後、他のリワーク参加者から鋭い質問・意見が出てきた。

残り少ないリワーク生活で、ひとつでも それらの問題を

クリアーしたい。

でも、今日のところは とりあえず、終えてホッとした。

ビールでも飲んで、乾杯したい気分。

それにしても疲れた。

緊張の糸が切れ、今夜は よく眠れそう。

2011年2月26日 (土)

うつ病は告白すべき?

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先日、リワーク (うつ病で休職中の者が通う職場復帰支援施設)

による 会社訪問があった。

参加したのは リワークの主任カウンセラー、勤務先の社長、

そして僕の計3名。

職場復帰の時期が近付くにつれ、より具体的な復帰後の対策が

検討された。

僕はそれまで モヤモヤしていた職場復帰への不安感が一部、

解消された。(全部では無い)

その話の中で社長から言われた。

「自分の両親へ うつ病になった事を伝えなさい」と。

そうなのだ。

実を言えば、僕は自分の両親へ うつ病になった事も

うつ病で入院し、仕事を休職していた事もずっと内緒にしている。

何故か?

それは僕の両親が高齢で「今さら親に余計な心配をかけたくない」

と言う、思いがあったから。

しかし、社長は言う。

「事実を伝えて、親子関係をオープンにしろ」と。

僕は その場では納得したふりをしたが、実は納得していなかった。

僕が思うに社長の発言は 親の立場からの発言だ。

社長にも子供がいる。

「子供に隠し事をして欲しく無い」と言う親の心理が働いていると思う。

ところで、ウチの両親(特に父親)は 心配性だ。

僕の妹の話によれば、僕が以前、椎間板ヘルニアで入院・手術した時

でさえ、悲しみ、泣いていたらしい。

僕は「今さら、ことを荒立てたくない」と思っている。

僕の家内や妹には マメに僕の症状の連絡を取り合っていたが、

「両親には このまま知らせないままの方が良いのではないか」、

「新たな衝撃(うつ病と言う事実)を与えて、心の負担に

 なるのではないか」、

そう思い、

正直に伝えるべきか、それとも黙っておくべきか、僕は悩んでいる。

2011年2月13日 (日)

生涯最高値を更新

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久しぶりに 某スポーツジムへやってきた。

何と今年初めてのスポーツジム参加。

一体、今まで何カ月分、会員費を無駄にした事か。

(会員費は 銀行の自動引き落とし払い)

それで 運動をする前に 久しぶりに体重計へ乗ってみれば

これまたビックリ!

ガビーン!

そこには 生涯、過去最高の体重が示されていた。

「マジで~?」

僕は2台ある内の隣の体重計に 乗り直してみた。

しかし、示す値は変わらない。

あまりのショックに 目まいがして、そのまま帰りたくなった。

「でも、うつ病って行動する(運動する)エネルギーが無いのよね。

 だから無理して運動しても 返ってストレスになるし」

「それに今まで数ヶ月間 夕食代わりに飲んでいた

 プロテイン・ダイエットを辞めて 今はしっかり

 晩御飯を食べてるし」

とか、自分への 言い訳は 幾らでも出来る。

甘い。

うつ病が回復傾向にある 今、ちゃんと運動しなきゃ。

復職に向けて 自分の体調を整えるのも大事なこと。

頑張ります!(なるべく)

それにしても運動をした筋肉痛で体が痛い。

2011年1月23日 (日)

久しぶりの爽快感

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うつ病になる前までは、僕は温泉が大好きだった。

しかし、うつ病になってからというもの、温泉が遠のいていました。

何故なら うつ病だと お風呂に入る事さえ、エネルギーが必要で

頑張って入らないといけないから。

これが、温泉となれば、尚更、行動するエネルギーが必要。

少し前に 思い切って近場の温泉へ行ったけれども 入った後の

爽快感が無い。

それどころか、温泉に入って疲れてしまった。

うつ病になってからというもの、お風呂は自宅のシャワーでサッと

済ましてばかり。

しかし、最近は体の調子が良い。

試しに温泉に入りたくなった。

どうせ久しぶりに温泉に入るのなら是非、指宿の某温泉へ入りたい。

僕は車を南へ走らせた。

入ってみれば、気持ちよく温泉のお湯に浸かる事が出来た。

久しぶりのサッパリ感。

気持ち良かった。

そして何より 自分が少しずつ、うつ病が回復傾向にある事を

改めて知る事が出来た。

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受付カウンターの下に無造作にザルに入れられていた「おちょこ」達。

お値段は1個、100円から。

ちなみに上の写真は200円。 安い!

僕は日本酒が大好きなので、日本酒を飲むのに早速購入して帰った。

(本当は焼酎用らしいけど)

温泉へ入ったその夜、早速その「おちょこ」を使って

日本酒を飲んだ。

ウマイ!

ウマすぎて その夜は気分良く酔ってしまった。

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2010年11月 2日 (火)

ツイてる僕の人生

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僕の人生はツイている。

はた目から見れば、僕は うつ病にかかって毎日のように精神科に通い、

病気のせいで1年以上も休職し、ツライ人生を送っているように

見えるかもしれないが、うつ病になってみなければ 見えない世界がある。

家族や友人を始め、精神科やリワークの人達等、たくさんの人達に

支えられて僕は生きている。

みんなが僕を支えてくれている。

今回改めて感じさせられた。

そして一時期は自殺を計画していた僕はこんなにも回復している。

僕はしっかり生きている。

これも周りの人のおかげ。

僕の人生はラッキーだ。

まだ治療の途中だけれども 今度は僕が社会に対して少しでも恩返しがしたい。

社会に貢献したい。

2010年10月23日 (土)

僕の意識の中の風景

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今回は ちょっとスピリチュアルなお話。

実を言えば、僕は最近「気」に凝ってます。

そう、気功の「気」。

ヒーリング。

「気」は 目に見えないけれど、信じます?

僕は存在を信じてます。

僕は現在、うつ病だけれども 知人の紹介でヒーリングが操れる人と

出会いました。

うつ病を治すために 先月その人から 気を流してもらって以来、

僕の気持ちは上がってます。

まるで自分が うつ病とは思えないほど、体の調子が良い。

気持ちの落ち込みも無くなりました。

思っていたよりも効果があったので2度目のヒーリングをお願いしました。

今度は、僕の意識の中に入ってきてもらいました。

結果、僕の守護霊さんからのメッセージと 僕の意識の中の風景を聞きました。

僕の中にインディアンを見たそうで

「インディアンに関連したものを持った方が良い」と 言われ、

インディアンのお守り 「ドリームキャッチャー」を手に入れました。

(写真の羽根付きのピンク色)

また僕に何か良い変化が起こるかも。

2010年10月 4日 (月)

復職に向けて

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今後の僕の予定を おおまかに。

第一段階

  10月は精神科の作業療法に週3日参加。

  (その間、リワーク支援は週1日参加)

第二段階

  11月はリワーク支援に週3日の参加。

第三段階

  12月にようやく週5日の本格的リワーク支援がスタート。

  その後、復職までのリワーク支援参加期間が3~4ヶ月。

復職までに ざっと6ヶ月もある。

先は思っていたよりも長い。

ちょっと うんざり。

でも考え方によっては残り約6ヶ月で自動的に復職することになる。

前向きに行こう。

残り6ヶ月なんて アッという間だよ、きっと。

今を精一杯生きよう。

計画がうまく行くように精神科や鹿児島障害者職業センターのリワークの人達に

認められるよう、努力しよう。

それが、うつ病を患っている僕が今、出来ること。

2010年7月12日 (月)

間もなく1年(2)

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あれだけ大きな災害をあちこちで もたらしたというのに

梅雨はまだしつこく続いている。

細く開けた窓から雨の匂いが流れ込んできて、部屋の空気を

重く湿らせている。

それは僕の心まで鬱陶しくする。

  (前回からの続き)

強制的に入院させられた事で自殺という目標は達成不可能となった。

病院内の規律は厳しく、まず入院時に持ち物検査があった。

自殺に結びつくような物はすべて没収された。

(ロープ・ベルトのようなひも類、カミソリやハサミ等の刃物類)

病棟には各フロア毎に常に鍵が掛けられ、許可が出ないと自由に

外にも出れない。

仕事から離れ、病院で処方された薬を飲みながら休養する事となった。

数種類の抗うつ剤に睡眠導入剤等、薬漬けの毎日。

僕は数か月入院した。

ようやく退院しても今度は不安が襲ってきた。

精神が不安定で将来に希望が持てない。

現在僕は社会復帰する為に自宅から病院へ通いつつ、リ・ワーク支援と

いうプログラムを受ける予定だ。

このプログラムも数カ月を要する。

まだ職場復帰のメドは立っていない。

現在僕は勤務先では休職扱いとなっている。

自殺願望は無くなったものの、うつ病から今でも充分に眠ることが出来ず、

睡眠薬の力を借りて眠っている。

日中は 人と会うのも辛い。

主治医から処方された飲み薬は入院時に比べ増えている。

だいたい、うつ病とは急に良くなったりせず、振り子のように

調子のいい時があったり、悪い時があったりして それを繰り返し

少しずつ改善していくものらしい。

僕はまだ現在、うつ病と闘っている。

2010年7月 9日 (金)

間もなく1年(1)

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僕は会社に行かなくなって まもなく1年が経とうとしている。

いや、正確にいえば会社に行けなくなったのだ。

実を言えば、僕は1年前の今頃、自殺願望があった。

とにかく早く自分の命を絶ちたかった。

死んで楽になりたかった。

一線を越えれば楽な世界が待っていると思っていた。

もう生きていてもしょうがないと思っていた。

それは暗く長い、出口の見えないトンネルに迷い込んだようだった。

自殺する覚悟は出来ていた。

首つり自殺をするつもりだった。

自殺に使う道具も考え、死に場所も決めていた。

あとは実行するだけだった。

そんな事を考えている中、カミさんは僕の異常さを感じ取ったらしい。

僕はすぐに心療内科の病院へ連れていかれた。

診察を受けるとこれまたすぐに、そして半ば強制的に入院させられた。

僕の診断結果は うつ病だった。

 (続く)