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2011年12月21日 (水)

間もなく、クリスマス

現在、世間はクリスマスムード、一色である。

例年の今の時期の僕ならば、家内の為に

少ないながら ヘソクリから

1年間の感謝を込めて、家内に内緒で

クリスマス・プレゼントを買っていたし、

クリスマス・ケーキも様々なケーキ屋のチラシを集め、

何処のケーキを購入するか悩んでいた。

その過程も楽しかった。

しかし今年は家内がいない。

家内がいなくなって初めてのクリスマス。

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家内がいないので、何らクリスマスに行うイベントが

ひとつも無い。

ツラマン。

非常に ツマラン。

しかし家内がいないからと言って、その穴埋めに

新しい彼女を作ろうとは 全く思わない。

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出来る事ならば、例年通り 二人で

クリスマスの飲み会(家飲み)を 賑やかにやりたい。

本当は そうしたい。

でも現実は 出来ない。

家内と その行動をしては、いけない。

僕は早く家内を諦めなければならない。

忘れなければならない。

ツライ。

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僕の今年のクリスマスの予定は全て空いている。

今年のクリスマスは両親と実家にて、3人で

静かに暮らそう。

まだ未だに 手を付けていない、

年賀状のあて名書きでもやって、時間を紛らわそう。

寂しい。

2011年8月 9日 (火)

受け入れられるようになりました

離婚から数カ月経過し、ようやく現実を受け入れられる

ようになった。

今 思えば、

「離婚も勤務先のクビも 僕の人生にとって必要な試練、

 そして、通るべき道だったのだ」と

思えるようになった。

なぜならば、

離婚と会社のクビのお蔭で、僕は現在、自分の生きたい道へ

どんどん進んでいる。

自分の目標へ向かうことが出来ている。

以前の仕事を続けたままだったら、今の某講座に

毎日、通う事は出来ていないし、

結婚していた頃、僕が向かおうとしている目標には、

元・家内は反対していた。

全くフリーになった僕は、現在、毎日が充実している。

毎日が楽しい。

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しかし今の僕があるのは、元・家内のお蔭である。

僕は 元・家内へ感謝している気持ちは 変わらない。

うつ病の重い状態から 今の健康な状態まで回復したのは、

病院の主治医のお蔭ではなく、

まぎれも無く、元・家内の看病のお蔭である。

僕は 元・家内と離婚してしまったけれど、

「離婚したから家内とは、再び赤の他人に戻った」とは

思っていない。

僕にとって恩人で、大切な人である事に変わりは無い。

もし、将来、元・家内が困ったり悩んだりするような事が

あれば、僕は喜んで、手を差し伸べる。

今度は僕が助けになりたい。

僕は、元・家内の幸せを願わずにはいられない。

彼女にも充実した幸せな人生を送ってもらいたい。

2011年7月24日 (日)

アクセサリー・ショップにて

僕の先輩ヒーラーには、ブレスレットやペンダントなど、

エネルギーを持ったストーン・アクセサリーを

身に付けている人が多い。

僕は、意味は よくわかっていないが、とりあえず先輩達が

身に付けているので、僕も身に付けたくなった。

その事を 或る先輩ヒーラー Yさんへ話をすると

「鹿児島市内でも質の良いストーン・アクセサリーを

 扱っているお店がある」と言う事で

他の先輩ヒーラー達と一緒に お店を覗きに行った。

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Yさんが言うには、ストーン・アクセサリーにも様々な物があり、

例え、「ヒーリング・ストーン」(ヒーリング効果のある石)と

名前を謳っていても「実際はマユツバものも存在する」と言う。

今回、行ったのは鹿児島市 照国神社近くのお店。

ここのお店の石たちは、見た目だけでも 輝きや透明性が違う

らしい。

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そこで、ここからが問題だった。

僕はお店に入るまで、もちろん、自分の腕や首から下げるイメージの

アクセサリーを想像していた。

しかし、お店に入り、実際に陳列されたアクセサリー達を見た時に

出てきた感情は、

「家内へ似合うアクセサリーは どれだろう?」

「家内へプレゼントしたら喜んでくれるアクセサリーは どれだろう?」

と言う、気持ちだった。

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なぜならば、

今まで僕自身、アクセサリーショップへ一人で何度も行った事が

あるけれども、それは家内への「お誕生日プレゼント用」だったり、

「クリスマスプレゼント用」だったり、家内へ贈る為にアクセサリー

ショップへ入る事ばかりだった。

自分の為にアクセサリーを買うなんて、今まで一度も無い。

なので、綺麗に陳列されたアクセサリーを見たら 自然と

元・家内の顔が頭に浮かんだ。

色々とストーン・アクセサリーを見ていたら お店へ連れて

きてもらった先輩のYさんから

「自分の 気に行った物があった?」と尋ねられ、ハッと我に返った。

自分の物を 探すんだった。

慌てて僕は返事した。

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それにしても 僕は既に離婚し、家内へプレゼントを贈る事は

もう、無い。

そう思うと、やっと少しずつ癒えてきた離婚の悲しみや寂しさの

感情が、また浮かび上がって来た。

まだ僕は「離婚のツラさからは脱却していない」と言う事が

今回、改めてわかった。

ちょっと 女々(めめ)しいかな。

2011年7月 9日 (土)

離婚しました。

先月僕は結局、離婚してしまいました。

離婚を思いとどまってもらうよう、家内へ手紙を書きました。

夜は毎晩、言葉で説得しました。

でも駄目でした。

家内の決意は固く、動きません。

先月に僕が何となく

「いつ、離婚するつもりでいるの?」と尋ねたら

「今月(6月)中には離婚届を出したい」と言う返事が

返ってきました。

僕はあまりの突然さに びっくりすると同時に

その日から 僕の心は不安定に ぐらつくようになりました。

悲しくて、寂しくて毎晩、泣いてばかりいました。

大切な家内を失いたく無かった。

でも僕には もう、どうする事も出来なかった。

辛い選択でしたが、気持ちの離れて行った人へ

どう説得しても無駄でした。

僕は離婚を受け入れるしか道は ありませんでした。

離婚が決定的になってから というもの、

今度は自分を責めて、悔やむ日々が始まりました。

「なぜ、もっと早く家内の気持ちに気付いてやれなかったのだろう?」

「なぜ、もっと早く家内の苦しさがわからなかったのだろう?」

「なぜ?、なぜ?、なぜ・・・?」

それは辛く苦しい日々でした。

今は当時に比べ、多少、気持ちは上がっているものの、

やはり、まだ ふっきれてません。

僕は大切な家内を うつ病と言う病気により、失ってしまいました。

ついでに言えば、うつ病の再発と言う事で 勤務先の会社も

クビになってしまいました。

ダブルでダメージですが、仕事については また探せばいい。

しかし大切な家内を失ったダメージの方が、はるかに大きい。

離婚とは悲しく、苦しいものです。

でも幸いな事にウチには子供がいませんでした。

なので、親権の問題は発生せず、財産(お金を含む)の分け方は

スムーズにいきました。

僕に原因があるし、家内は離婚後、今まで通り鹿児島市内へ

(別のアパートへ)一人暮らしをするらしいので、家内が少しでも

有利な条件になるのは僕自身、賛成でした。

家内は 僕が うつ病になった為に 僕が苦しむだけでなく、

僕を支えていた家内も実は苦しんでいた。

その事実に僕は 気付かなかった。

自分だけが「悲劇の主役」のつもりでいた。

でもそれは大きな間違いだった。

家内は僕への数年に渡る うつ病の看病で疲れ果てて、

「もう疲れた。自由にさせて欲しい」と言われた。

僕は その言葉を受け入れた。

受け入れるしか無かった。

しかし、その代わり、今後、家内には幸せになって欲しい。

なぜならば、

結婚して約16年の間、僕は家内から沢山の「幸せ」をもらいました。

しかし、僕は家内へ何一つ、してあげられなかった。

家内が僕と離婚し、独りで生きて行くのか、それとも

新しいパートナーを見つけ、新しいファミリーを

作るつもりなのか、それは知らない。

でも、家内には本当に幸せになって欲しい。

もう2度と、今回のように苦しむ人生を歩んで欲しく無い。

離婚後は 毎日、家内が笑顔で暮らせる日々であるよう、

心から望んでいます。

2011年5月 8日 (日)

「家内への手紙」へのアドバイス(その2)

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先日は「家内への手紙」(1案目)をご覧頂き、複数名の方から

アドバイスを頂きました。

その頂いたアドバイスを盛り込み、現在文章修正しましたが、

先日、別々の女性達から また違ったアドバイスをもらいました。

その内容をご紹介します。

1.男性は恋愛に対して別れた後でも うだうだと相手の事を想い

  続けるが、女性はスパッ!と頭の中が切り替わり、過去の付き合いを

  消し去る。

  なので、手紙を渡すのであれば、1日も早く渡さないとダメ。

2.文面が他人行儀すぎる。

  よそよそしい。

  夫婦間に距離があるのが、文面から伝わってくる。

  ウチの夫婦間では、こんな文章はありえない。

3.自分から離婚を伝えておいて、今度は また自分の都合で離婚解消を

  言うのか?

  自分勝手にも ほどがある。

  奥さんを自分の都合で 振り回しすぎ。

4.文面の中に これから待ち受けている「困難」についての記述が有る。

  これについてあなたは「困難は喜んで、立ち向かっていく」と

  書いている。

  私は あなたがヒーリングをやっていて、どんな人だか知ってるから

  言わんとすることは わかるけれども 一般の人がこの言葉を読んだら

  「この人は宗教をやってるのでは ないか?」と疑ってしまう。

  なぜなら 一般の人は普通、困難をさけて、平凡な幸せな家庭を望む。

5.そんなにヒーリングがしたいのであれば、離婚して本当にヒーリングへ

  独りで どっぷり浸かればいいじゃん。

  独身になれば、誰に気遣うこと無く、やりたいだけ出来るじゃん。

  それがあなたの「やりたいこと」じゃないの?

以上のアドバイスを 新たにもらいました。

僕は それらの言葉を受け入れます。

皆さんの言われる通りだと思います。

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そして、1点 困ったことが出てきました。

それは、僕が先日 家内へ

夫「今、キミに対して手紙を書こうと思っている」と伝えたんです。

すると 家内は

妻「それは どんな内容?」

夫「いや、まだ構想中だから言えない」

妻「離婚に関すること?」

夫「うん、そうだよ」

妻「それだったら 私の気持ちは離婚することに 変わらないよ」と

今日、サラリと言われてしまいました。

そうですか。

決心されたのですね。

僕は返す言葉がありませんでした。

一応、今回の手紙は ちゃんと書いて渡すだけ、渡してみます。

その後の結果は、全て家内へ ゆだねます。

家内の決定に従います。

家内から やはり「離婚する」と言われたのなら すっぱりと諦め、

離婚の道へ進みます。

それと 今回のアドバイスを もうひとつ忘れてました。

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6.恐らくあなたの奥さんは、あなたと離婚した後、以前、2か月程

  毎日通い、外泊し続けた先の男と一緒になるつもりのはず。

  なので、あなたは既に奥さんの頭の中には無いのでは?

家内がもし、離婚の道を選び、なお且つ、その男を選んだのであれば、

僕は スンナリと身を引きます。

一旦、「離婚する」決定したのは まぎれも無く僕です。

ツライ思いをさせ、今さら「離婚はやめた」と言うのは アドバイスに

あった通り、虫が良すぎると思います。

なので、家内が離婚を選んだ場合は、それに従います。

2011年5月 5日 (木)

手紙を修正します。

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昨晩は「家内への手紙」(案)の内容をお話しさせてもらいました。

それについて今日は僕へ幾つかアドバイスを頂きました。

・1番目

「文章が長い」

僕は文章を書くのは大好きなんですが、まとめるのが下手くそです。

昨晩の あの長文でも 実は結構、文章を削った後の結果だったんですが、

まだ更に 文章をスマートにしたいと思います。

正直に言えば、もっと伝えたい事を盛り込みたいくらいなんですが、

要点が、わかりにくくなるので、止めておきます。

・2番目

「『(離婚すると言う決定事項から)僕の気持ちは変わりました』と

 しっかり伝え、決めつけでは無く、『これで、いかがでしょうか?』と

 奥さんへ伺いを立てなさい。又は、お願いしなさい。」

文章を控え目な、低姿勢で 下からお願いする文章へ変更します。

・3番目

「奥さんへ手紙の文章はプリンターで印刷せず、手書きにしなさい」

全文、手書きで 気持ちを込めて書きたいと思います。

今日は久しぶりにお手紙セットを購入しました。

家内へ手書きの文章を渡すのは、独身の付き合い始めの頃のみ、

手紙のやり取りをやっていましたので、超 久しぶりです。

(当時は、現在のように ケータイもメールも有りませんでした。)

以上の事を踏まえ、今回の文章は書き直します。

僕へアドバイスをくださった方、ありがとうございました。

感謝します。

家内へ提出する前に またご覧いただく事と思います。

よろしければ、再度お付き合いください。

その時は よろしくお願いします。(ペコリ)

2011年5月 4日 (水)

家内への手紙(案)

僕は直接、面と向かって 人と話すのが苦手なので、

今、家内に対して思っている感謝の想いとお願いを正直に

手紙に書いて渡そうと思います。

以下、その案。(下書き)

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** **様へ

お仕事、毎日 御苦労さま。

仕事を持ちながら 家庭の家事も完璧に こなしてくれて

いつも感謝しています。

ありがとう。

そして、僕が うつ病で体調の悪い時も 急かしたりせず、

そっと見守ってくれる姿勢に感謝します。

ところで、突然ですが、

最近、キミとの関係に着いて思う事があり、手紙を書きます。

面と向かって、うまく話せないと思うので、文章にして伝えます。

僕の うつ病による長い休職期間を経て、今年の4月より職場復帰し、

約1カ月が経過しました。

僕の休職期間中、特に僕の精神科への入院中は毎日、1日も欠かさず、

キミが病院へ見舞いに来てくれて、僕の心の支えになっていました。

自分の仕事を終え、病院へ駆けつけるので、体力的にも心情的にも

大変だったことと思います。

お蔭さまで、何とか職場復帰まで たどり着ける事が出来ました。

感謝しています。

ところで、以前、キミとの話し合いで決定した事項について

僕は方向性を修正したいと思っています。

先日の話し合いでは、「1年後に離婚する」と決定しましたが、

それを一旦、「無し」にして またゼロから再スタートして

もらえないでしょうか。

僕は話し合いの中で「キミには無関心、興味が無い」と発言しました。

この言葉は、キミを傷つけ、悲しませたことでしょう。

謝ります。

このことは僕がキミへ伝えた事は事実なので、うつ病を言い訳の

材料にしたくは、ありませんが、うつ病になれば、何事にも

興味が無くなります。

先日は体調を崩し、人間の「欲」のひとつである「食欲」にも無関心に

なりました。

しかし、これもキミのお蔭で元の僕へ回復しています。

以前の「無関心」と言う言葉を平気で 言葉にすること自体、

「あの頃の僕は正常では 無かった」と考えます。

そして、僕はここ数カ月、ヒーリング(スピリチュアル)に

没頭しています。

キミは そのことに嫌悪感を持ち、僕に距離を置く意味で、外泊を

2か月程続けました。

僕は当初、「何とも無い」と思っていましたが、本音を言えば、

やはり、キミが不在の自宅は寂しかったです。

特に週末、ひとり、自宅で飲むお酒は全然、美味しくありませんでした。

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さて、前置きが長いですが、ここで僕が何を言いたいかと言うと

「僕の人生に キミが必要」と言うことです。

僕は、ひとりでは生きていけません。

休職中、僕は確かに或るヒーラーの人に 気のエネルギーを

流してもらい、助けられて劇的に うつ病が回復しました。

しかし、それはキミが今まで僕を支えてくれたベース台が

あったからこそです。

影ながら、ずっと耐えて僕を見守ってきてくれてきたから

ここまで回復してきました。

離婚準備の為のキミのアパート探しも、収入を増やす為の

追加の仕事探しも、やめてください。

必要ありません。

それと話は変わって、僕は、先日 或る占いの人より

「現在、人生の分岐点に来ています」

「あなたの人生は困難が待ってます」と言われました。

今がまさに分岐点に来ていると思っています。

その分岐点のひとつを僕は選択しました。

「離婚はせずに、今のままの人生を歩みたい」と思っています。

しかし、現時点で伝えておきますが、僕はヒーリングの道は諦めません。

僕は自分の人生の「目標」と「目的」を決めました。

それらには どちらともヒーリングが関連したことを組み込んでいます。

なので、先ほどの困難とは、ヒーリング関連の困難かもしれませんし、

全く別の物かもしれません。

これからの人生、困難があるのなら 共に乗り越えて行きましょう。

困難の先には、それを乗り越えた者しか 手に入れられないものが

あるはずです。

僕は喜んで、困難に立ち向かっていきます。

逆に言えば、困難が無ければ、人生はおもしろくありません。

実際に今までの人生でも 幾つもの困難がありました。

その時は確かに苦しくても 全てクリアーしてきた実績があります。

大丈夫です。

うつ病との闘病生活もキミがいてくれれば、僕は大丈夫です。

しかし、僕ひとりでは、太刀打ちできる自信はありません。

悪化していく一方でしょう。

僕の人生にはキミが必要です。

どうぞ、これからの人生も共に歩んでください。

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以上、ここまで。

いかがでしょうか。

ちょっと文章が長すぎるかも?

2011年4月20日 (水)

僕の密かな作戦

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先日僕は、家内との離婚話に着いて ここで話をさせてもらった。

それを読んだある人から僕へ メッセージをもらった。

その内容は、

「あれでは奥さんが可哀そう。せっかく今まで あなたに尽くして

 来たのに簡単に そのつながりを簡単に切ってしまうのか」

と言う内容だった。

僕はその人からのメッセージで

「確かに僕の対応は、彼女を傷つけたかもしれない」と思った。

そして、その人が言うには、

「自分の想いを言葉に出して、相手に感謝の気持ちを伝えなさい。

 言葉にしなければ、相手には伝わらない」

「仕事帰りにでも たまには奥さんの為に花、一輪でも良いから

 買って、感謝を込めて渡しなさい」と言う、

アドバイスをもらった。

僕は その言葉を すんなりと受け入れた。

しかし、残念なことに 僕には「照れ臭ささ」や「男のミエ」と言う、

くだらない感情が邪魔をして、素直に家内へ 感謝の言葉を伝える事が

出来ない。

心の中では想っていても 言葉にするのは難しい。

そこで僕は、とりあえずアドバイスにあったプレゼント作戦に

出ることにした。

まずは、記念日でも何でも無い日に 花を贈るのはちょっと抵抗があった。

そこで僕は 家内へ ハイボール(ウイスキーをソーダ水で割るお酒)を

贈る事にした。

元々、家内はお酒好きである。

以前、家内が外泊を始める前までは、家内は夜の晩酌で、好んで

缶入りのハイボールを飲んでいた。

しかも好きなハイボールの銘柄があった。

僕は、ハイボールの元となる 家内の好きな銘柄のウイスキー2本と

ウイスキーを割る為のソーダ水20本(ウイスキー2本に対し、

ソーダ水が何本要るのか、わからないので多めに購入)を

家内へ贈る為に購入した。

僕が「家内へハイボールを贈ろう」と思ったのは、実は 僕なりの作戦

(想い)があった。

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その作戦(想い)とは、

・その1

まずは、

「一日の終わりに好きなお酒を飲んで、ゆっくりしてもらいたい」と言う

想いがあった。

・その2

メインの僕の狙いは、

家内が、夜、好きなハイボールを飲めば、アルコールを飲んだ事になるので、

必然的に 車の運転は出来ない。

  ↓

すなわち、外泊先へ出掛ける事が出来ない。

  ↓

よって、自宅に居る(自宅で眠る)ことになる。

それを狙ってのハイボール(お酒)のプレゼントだった。

家内が外泊しないよう、自宅にいてもらう為の これが、

「僕の密かな作戦」だった。

我ながら結構、遠回しなメッセージの伝え方だが、家内へ伝わるだろうか。

早速 それらを家内へ贈ったが、感謝の言葉までは、

その時 出なかった。

出そうにも、先ほど言った「照れ臭ささ」が、やはり邪魔をして

言えなかった。

家内も 僕と一緒で 普段、感情をあまり表面へ出さない人である。

受け取った家内のリアクションは、

静かに「ありがとう」の ひと言だった。

しかし、ハイボールを贈った その夜、家内は僕が贈ったハイボールを

早速 飲み始めた。

すなわち、「今夜は外泊へ出掛けない」と言うサインだった。

僕は その様子を見て、ビックリすると 同時に嬉しくなった。

その晩以来、ここ数日しか経過していないが、家内は外泊をやめて、

そのハイボールを毎晩 飲んでいる。

僕は 思う。

「僕の作戦は、成功だったのかな?」

「僕のメッセージは、伝わったのかな?」

う~ん、よくわからない。

でも、家内が外泊しなくなり、自宅で眠るようになったのは事実だ。

もう少し様子を見たいと思う。

そして今後 タイミングを見計らって勇気を出し、アドバイスを受けた通り、

家内へ「感謝の言葉を 口に出して伝えたい」と思う。

H230420b3

それから(恐らく またここをご覧になってると思いますが)

今回、僕へ親身になって心配し、本音で僕と接し、アドバイスして

くださった方へ感謝します。

先日、本来は違う目的で お会いしましたが、話題は いつの間にか、

ウチの夫婦についての問題になり、何時間も掛けて相談に乗ってもらいました。

おかげさまで、今までより ちょっと良い方向へ向いた(前進した)感じです。

ありがとうございました。

2011年4月11日 (月)

離婚1年間の猶予

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今朝、朝食を食べていると、先ほど朝帰りしたばかりの家内が

ぼそりと言った。

妻「喜入町だよ」

夫「?」

いきなり言われて何の事かわからなかったが、昨日、僕が

家内宛に流したメールの質問の回答だった。

僕は昨晩、質問の中の一つとして

夫「キミが外泊をするようになってから車のガソリンの減り方が

  激しいようですが、毎晩の外泊の行先は遠方の場所では無いですか?」

その質問の回答が「喜入町」だった。

喜入町までは、僕の自宅から片道20~30km程ある。

そして、ここ1~2か月、毎晩会っていた相手も 男で

あった事を白状した。

妻「でも、寝る時、私は車の中に寝て、別々に寝ていた」

と言う。

それを聞いて、僕には怒りの感情は無かった。

それ以上、問い詰めたりしたところで証拠は無いし、

第一、他の男と実際に寝ていたとしても もう僕には家内に

対して関心が無い。

寝てようが、寝てまいが、どうでも良かった。

家内に昨晩 流したメールの質問の中には

夫「この外泊の行動を いつまで続けるつもりですか?」

それに対し、

妻「今週末で、やめます」と言う回答だった。

以前も「1か月でやめます」と言う話が、

何度か「もう1週間、延ばします」と、ズルズルと延びに延びて

現状に至っている。

家内の言葉は、信用できない。

僕は、家内に期待しない事にしている。

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僕は、離婚を切り出した。

夫「離婚しよう」

妻「それで良いけれども 待ってほしい」

家内が「離婚を待ってほしい」と言うのには理由があった。

それは家内が独立して、家内自身の収入では生活出来ない事にあった。

今の家内の仕事(パート)収入では、鹿児島市内に一人でアパートを

借りて生活するには あまりにも収入が足らない。

そこで、

妻「1年間だけ、待ってほしい」

と言われた。

妻「1年の内に 今のパートの仕事に加え、自立で生活する為に

  もうひとつ、仕事を探す」と言う。

それと同時に

妻「自分の住むアパートを見つけたい」と言う事だった。

僕はそれに了解した。

離婚を焦って迫らずに 1年間の猶予を了解したのには

僕自身も訳があった。

一般の夫婦は どうか知らないが、10数年も一緒に暮らして私の場合は、

家内に対して「好きだ」とか、「愛してる」とか言う感情は、

全く無くなっていた。

今、家内に対してある感情は「無関心」である。

なので、家内が毎晩、他の男と一緒にいても 怒りが沸かない。

やきもちの気持ちも 全く無い。

しかし、やっかいな事に16年も一緒に住んでいた為に 家内へ

「情」が、移っていた。

この「情」のせいで、1年間の猶予を認めた。

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それと同時に「今の男と新しい生活を始めれば良いんじゃないの?」と

思ったが、言葉にはしなかった。。

「あまりにもバッサリ、切り過ぎかも」と思い、思い留まった。

そして僕は提案した。

夫「無理して鹿児島市内に独り住まいせずに、実家に帰ればいいじゃん」

妻「それは嫌だ。今さら実家へ帰りたくない」と言う。

家内の実家は 自営業をしていて、パートのオバサンを雇ってる程の

忙しい家業だ。

夫「実家に帰れば、キミの両親も喜ぶし、パートのオバサンを雇ってる

  ぐらいだからキミも雇ってもらえるだろう」

そう僕は言ったが、家内はやはり「嫌だ」と言った。

H230411b4

元はと言えば、僕が好きで初めたヒーリング(タマラ)を嫌っての

家内の行動だった。

僕にも 或る意味、こうなった結果には 責任があるかもしれない。

しかし、僕は、絶対に、絶対に、タマラの道は やめない。

家内との結婚生活よりも タマラの方がずっと大事だ。

これは、僕の人生の「目的」である。

家内の代わりはいても、タマラの代わりは無い。

僕は、思う。

夫「これは良いチャンスが来た」と思った。

僕の魂と一緒になり、溶け込んだタマラのポジティブなエネルギーは、

「ヒーリング」と言う形で他人を癒し、自然治癒能力を高めるだけで無く、

自分自身にも作用する。

もっと詳しく言えば、タマラは、人生の多岐にわたって活用できる

サポートのエネルギーである。

使う人のポジティブな思いで、自然に働く。

必要な出会いがあり、場所があり、タイミングがあり、直感や流れがある。

全て良いことだけではなく、時には勉強になるようなこともある。

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僕は、これからの1年間、「自分を試してみよう」と思う。

タマラのエネルギーを使い、

「積極的に 自分と向き合い、考え、行動してみよう」と思う。

良い機会なので、「自分の在り方が試されている」と思い、1年間、

行動してみようと思う。

しかし、あくまで これは家内の為でも無ければ、離婚を回避する為でも無い。

自分自身の成長の為にやるのだ。

(結果的には、家内に1年間の猶予を与える事になるけれども)

一見、マイナスに思える出来ごとでも 実は、自分にとって必要な出来ごと

だったりする。

「そのマイナスな出来事から学び取ろう」と思う。

経験を重ねようと思う。

2011年3月12日 (土)

久しぶりの家内とのお出かけ

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昨晩、僕は家内へ尋ねてみた。

夫「明日、天文館へ行くけど、キミも行く?」

妻「たまには天文館へ買い物に行ってようかな」

珍しく、家内が僕の誘いに乗ってきた。

僕達二人は、鹿児島市天文館で有名な某デパート2か所をハシゴし、

買い物を楽しんだ。

今日は 昨日、全国のタマラ・プラクティショナーの皆さんから

送ってもらったエネルギーの御蔭で 今日は長時間、外出しても

僕の うつ病の症状(体調)は大丈夫だった。

改めて 全国のタマラ・プラクティショナーの皆さんへ感謝したい。

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ところで、お昼ご飯は僕のリクエストで、マルヤガーデンズ

4階のカフェ、「エイブルデリ・ガーデンズ」で食事した。

一度、行ってみたかったのだ。

家内は通常のランチ。

僕はベジタブル・ランチ。(一番上の写真)

野菜が思いのほか、美味しかった。

そして、次は イオン鹿児島SCへ移動し、普段の食材等を購入。

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今日は 以前、よくあった何気ない休日の風景だった。

休日を家内と過ごすのも久しぶりだった。

久しぶりの二人揃っての買い物。

現在、揉めている、離婚問題に触れることなく、移動中の

車内では、何でも無い世間話をぼそり、ぼそりと話す程度だった。

よく考えてみれば、車内と言う密閉された二人きりの空間の中で

今後の事を話し合う良い機会だったのかもしれない。

でも僕は頭にその事があったものの、話を切り出せなかった。

切り出す勇気が無かった。

その事を話し始めれば、和やかな空気は一転、険しいものになる。

久しぶりの和やかな雰囲気を険悪なものにしたくなかった。

これは厳しい言い方をすれば「現実から逃げている」と言う行為に

他ならない。

しかし、今日は 穏やかな日だまりのような車内の空気を

壊したくなかった。

帰宅し、夕方になると またいつものように家内は外泊へ

出て行った。

何処へ行き、誰と会ってるのか、僕は知らない。

家内は「今度、自宅へ帰ってくるのは2泊後の月曜日の朝だ」と言う。

また明日、僕は 普段通り、ひとりで過ごす休日が待っている。

2011年3月 7日 (月)

離婚問題を公表した結果

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ここ最近、僕は自分の家庭の離婚問題についてブログやツイッターで

話をさせてもらっている。

すると 僕の事をよく知ってる人は直接僕へメールで意見をくれるし、

以前からネット上で お付き合いの有る人はもちろん、何処の誰だか、

全く知らない人まで、親身になってアドバイスをしてくれた。

時には 僕の気付かぬ点を指摘し、叱責してくれる。

自分では気付かぬ、第三者の冷静な人達の意見は大切だ。

なぜなら 僕は物事を一方向からしか見ない癖がある。

もっと違った さまざまな角度から物事を見る事が重要。

その事に周囲の人達は 気付かせてくれる。

ありがたいと思う。

僕は良い人達に恵まれている。

僕はその人達へ感謝の気持ちを忘れてはならない。

2011年3月 6日 (日)

互いに距離を持つ

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昨日の夕方から家内は出掛けたきり、自宅へは帰っていない。

帰ってくるのは 僕が寝静まった後か、また朝帰りだろう。

家内も大人だ。 僕は特に心配していない。

その昨日、家内から出掛ける時に言われた。

妻「しばらくお互いに 距離を持ちましょう」

夫「うん、そうだね。その方が良いね」

僕は その意見に賛成した。

ところで ここ最近、家内と離婚について話し合いをしたり、離婚を

現実のものと考えたりすることで、うつ病の症状である深夜の

中途覚醒の回数が増えてしまった。

今では、夜中にいきなりパチリと4~5回ほど目が覚める。

回復傾向にあった先月は 0~1回に治まっていた。

自分では「何とも無い」と思っていても 体は正直だ。

そして今後の可能性として、離婚や離婚に伴う 引っ越しが考えられる。

これらは「うつ病を悪化させる原因」と以前、うつ病の本で読んだ事がある。

中途覚醒が増えた現在、離婚と言う体の負担(心の負担)が増えれば、

僕の うつ病は悪化する可能性がある。

今は家内の事より、自分の体の事を優先したい。

家内と話し合うにも エネルギーがいる。

2011年3月 4日 (金)

家内との話し合い(途中経過)

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先日、家内と話し合う機会があった。

いつものように夜、スタバから自宅へ帰って来てみると

普段、友人と遊びに行って 自宅にいないはずの家内がその夜はいた。

僕は尋ねた。

夫「いつも いないのに今日は どうしたの?」

家内は答えた。

妻「アンタに話したい事があって」

数カ月ぶりに 一緒に晩御飯を食べながら

家内は言う、

妻「これから私達どうする?」

逆に僕は尋ねた。

夫「キミは どうしたいの?」

妻「・・・。」

しばらく返事は無かった。

そして、こう続けた。

妻「今のような互いに愛情の無い仮面夫婦の状態で

  この先ずっと一緒には暮らせない」

妻「それに私達って夫婦って言うより友人同士の関係よね」

家内はそう言った。

そして

夫「僕も そう思うよ」と答えた。

家内は僕へ幾つか質問した。

妻Q1「私がいつも夜中、出て行くのは 気にならないの?」

夫A1「全然、気にならない。誰と会って何をしてようが構わない」

妻Q2「もし、私に他に好きな人が出来たらどうする?」

夫A2「その時は 即、離婚しよう。別に引き止めません」

妻Q3「私の事を好きじゃ無いでしょ?」

夫A3「うーん、好きでも無いし、嫌いでも無い。」

 (もっと はっきり言えば、興味が無い)

妻Q4「何年前から そんな気持ちなの?」

夫A4「だいぶ前から」

そして、またヒーリングに話が及んだ。

家内が「ヒーリングをやめて欲しい」と再び訴えてきた。

「絶対にやめない。一生をかけて本気でやる」と僕は言い返した。

逆に今度は僕が問うた。

夫Q5「何でヒーリングを やってはダメなの?」

妻A5「そういう(僕の)姿を見たくないから」

僕には家内の答えてる意味が理解できなかった。

僕は続けた。

「僕が うつ病の重い時にヒーリングの力で助けてもらったように

 今度は、僕がこのヒーリングの力を付けて、他人様の

 役に立つ事をしたい、病気等で困っている人に 手を差し伸べたい。

 それを 一生の目標としてやりたい」

「それにはもっと努力し、もっと上のレベルを目指したい」

「技術を上げる為に 月に一度のヒーリング交流会も必ず参加する」

「このエネルギーを使って、社会奉仕を目的に生きていきたい」

と僕は家内へ言った。

夫Q6「ところで、何故(僕の)そんな姿を見たくないの?」

妻A6「人助けなんかしなくて、普通の生活でいいじゃん」

(私に言わせれば、これは答えになって無い)

僕は補足した。

「今の仕事を辞めて、『ヒーリングひとつで生きて行こう』と

 僕が言うのなら生活が掛かっているので、キミが反対するのは

 わかるけど、今の仕事は そのまま続けつつ、ヒーリングは

 同時に やるんだよ」

今度は家内が理解出来ないようだった。

家内は、突然僕へ訴える。

妻「私は『自分が愛されている』と言う実感が欲しいタイプなの」

僕は返事した。

夫「ふ~ん、そうだったんだ。知らなかった」

僕は続けた。

「キミが家事や仕事を完璧に こなしてくれて感謝しているけれど、

 それ以上の感情(愛してるとか愛してないとか)は持っていない」

家内は また僕に質問した。

妻Q7「もう一人で生活が出来る?」

夫A7「僕は独身生活が長かったからね。独り暮らしは出来るよ」

僕は言った。

夫「二人の間に子供がいたり、早めに家を造って一緒に力を合わせて

  ローンを支払ったりしていれば、こんな風には

  ならなかったかもね」

妻「そうね」

そして また僕は質問した。

夫Q8「現状のようなバラバラな生活、バラバラな目標を持ったまま

    結婚生活を この先ずっと続けて行きますか?」

妻A8「それは出来ない」

家内は僕へ提案した。

妻「別れた後は 実家から職場へ通えば良いのに。そしたら

  お義母さんが、あなたの面倒(料理、洗濯等)を

  みてくれるじゃない」

実家は 今、住んでるアパートから車で1時間くらいの所にある。

僕は返事した。

「例え、田舎に帰っても両親とは一緒に住まない。独りで住みたい」

家内は言う。

妻「今月も毎晩出掛けるので、そのつもりでいてね」

夫「うん、わかった。どうぞ、行ってらっしゃい」

妻Q9「私が毎晩出掛けて帰りは、いつも朝帰りしてるのを気付いて

    無いでしょ?」

夫A9「あぁ、そうだったの。全く知らなかった」

家内が朝帰りしようが、何時に帰ってこようが、誰と会い、何を

していようが、ハッキリ言って 僕には全く興味の無い事だった。

(そもそもウチでは 以前から夫婦別々の離れた部屋に寝ているので、

  帰ってきているのか、いないのか、わかりにくい)

家内は言う。

妻「ヒーリングじゃなくて、私がいれば、いいじゃん」

夫「?」

何度も言うが、僕には家内が何故、ヒーリングを辞めさせようと

するのか さっぱり、わからない。

何故、僕の目標の邪魔をしようとするのか。

家内の言葉の ふしぶしから

「僕がヒーリングに夢中になっていて、相手にされなくて

 寂しいのかな」と 僕は勝手に察する。

「もっと私の方を見て欲しい」と言う意味なのかもしれない。

しかし、僕の心は 家内には関心が無い。

そして僕は

「離婚は 絶対に避けるべき」とも思っていない。

「互いに認め合う事が出来なければ 別れるべき」だと思う。

早く別れて、独りで暮らすか、もしくは別のパートナーを探すか。

僕は「無理やり自分の考えを家内へ押しつけて解決しよう」とは

思っていない。

今の状態で家内を説得して、家内が仮に了解しても 家内の

性格から言って、それは表面上の事だけ。

いつかは また不満がオモテへ出てくるだろう。

でも、その夜は ほんの僅かだが、家内から僕へのメッセージが

わかった気がする。

また そのうちに話す機会がくるだろう。

(多分、続く)

2011年2月20日 (日)

「私を取るの?、ヒーリングを取るの?」

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僕は最近二つ目のヒーリング法を身に付けた。

僕は そのエネルギーを使って、仕事を続けながら

ヒーリングの技術や知識を もっと高め、人の役に立ちたいと

思っている。

しかし、その二つ目のヒーリング法を身に付けた頃から

家内の様子がおかしい。

夜になれば、僕を避けるように毎晩、

「友達の所へ遊びに言ってくる」と言い、帰りは深夜0~1時。

基本的にウチでは 互いのやる事には干渉しない事にしている。

しかし、話を聞いてみれば 僕が

「ヒーリングの道へ進んでいこう」としている事に反対の気持ちを

持っている事がわかった。

どうやら「ヒーリング」に対して良く無いイメージがあるらしい。

そして毎晩、出掛けるのも「僕と会わないようにする為」と言われ、

「もう、ヒーリングは 辞めて欲しい」とお願いされた。

しかし、僕は今回、ヒーリングについて「素晴らしい道と出会えた」と

思っている。

一生を掛けて この道と付き合い、もっと上を目指したい。

家内は ついに

「私を取るの?、ヒーリングを取るの?」と言いだした。

僕は自分を誤魔化したくなかった。

迷わず、「ヒーリング」と答えた。

それにしても僕は がっくりした。

残念だった。

本来であれば、一番の僕のサポーター役だったはずの家内が

反対しているとは 思いもよらなかった。

そして終いには 「離婚」の文字まで出てきてしまった。

ところで、ここ数年、怪我や病気の僕の入院で メンタル面でも

雑用面でも一番僕を支え続けてくれたのは家内だった。

僕はずっと家内の事を感謝していた。

しかし今回の件で 感謝の気持ちが薄れかけてきている。

マズイ。

それどころか、今では家内に 「僕の進路を邪魔されている」と言う

感情さえ出てきている。

僕達は結局、答えを出す事が出来なかった。

その代わり、「1年間の猶予期間を持つ」という事になった。

1年経って 互いの気持ちが、どう変化しているか。

1年後、やはり離婚へ まっしぐらか。

そうと決まれば ウチには子供がいないので話が早い。

スムーズに事は進んでいくだろう。

それとも 話が解決して 今まで通りの生活を続けるか。

現在、ウチら夫婦は 同じ方向を向いていない。

互いが別々の方向を向き、別々の方向へ進もうとしている。

僕は僕の家内の知らない世界、家内は家内の僕の知らない世界を

それぞれ持っている。

そもそも他人同士が一緒に暮らすので、夫婦生活は意見の相違が

あって当たり前。

そこを修正してながら 夫婦は前へ進まなければならない。

しかし、ウチら夫婦は二人とも頑固で強情だ。

なかなか譲らない。

1年後、どうなっているか全く分からない。

ただ僕は

「折角の人生、好きな道を進みたい。

 ヒーリングを辞めるくらいなら 離婚で良い」と思っている。