なしごれん@maku puppet

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2011年4月25日 (月)

サイレントな日々

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テレビが壊れて数日経過。

家内も福岡から帰ってきて、僕の自宅では実にサイレントな日々が続いている。

僕もそうだが、家内も あまり積極的に話をする人では無いので、

食事の時間は ぼそりぼそりと話す程度で、あとはムシャムシャと

食べる音が部屋に響く。

何と静かな食事の時間だろう。

そしてウチの場合、見る予定の番組が無くても 例えば、朝起きたら

まずはテレビの電源を入れたり、外出から帰ってきたら

用も無く、テレビの電源を入れたりしていた。

そして、テレビが壊れたことで不便に感じるのは、

「今、何時なのか 時間が、わかりにくい」ということ。

常に(僕の住んでる所は狭いので)どの部屋にいてもテレビの音が

鳴り響いて、何の番組の放送が聞こえてくるかで、

「あぁ、今、何時頃だな」と自然に判断していたことがわかった。

いかに今までテレビに頼った生活をしていたか、気付いた。

しかし、悪い事ばかりでは無く、今まで食事の時間は テレビの音が

一方的に鳴り響いて、家内と会話するタイミングも無かったが、

テレビが壊れたことで、シーンと静まった中、僅かながら今までよりも

家内との会話が増えた。

それでも家内は退屈らしく、自分のケータイを取りだし、ケータイの

テレビの機能を使って、ケータイでテレビを見出した。

僕は 家内がケータイに夢中になってる間に そっと背中から

タマラのエネルギーを流した。

先日、ゆきさんから僕へやってもらったように 肩や背中を揉みほぐしながら

エネルギーを流してみた。

すると家内は うつら、うつらと眠そうな雰囲気になってきた。

家内も疲れていたのだろう。

テレビが壊れ、新しい機器を購入するのは、確かに痛い出費だけれども

家内と接する機会が増えて、テレビが壊れたのも 考えようによっては、

良かったかもしれない と思ってる。

今日は家電量販店へテレビの注文をしてきた。

納期まで約1週間と言われた。

残り1週間、サイレントな時間を有意義に家内との時間に費やそうと思う。

ところで、話は変わって。

先日、家内は福岡へ遊びに行ってきた。

誰と何処へ行って来たかは、家内自身からは言わない。

僕自身も 今度は「興味が無い」では無く、「尋ねるのが怖い」。

家内が言うには、

「これからは 月イチペースで福岡へ遊びに行くからね」と言われた。

それを聞いて 僕は、

(また男か?)と 心の中で、ちょっと疑ってる。

でも、しばらく また このままにして様子を見ようと思う。

写真は 家内が福岡から買ってきてくれた僕へのお土産。

お店の前に行列が出来ていたので、並んで買ってくれたらしい。

家内が言うには

「プリンだよ~」と言う。

家内は 僕が「プリン好き」と言うことを知っている。

それで、このでっかいプリンを カレー用の大きめのスプーンで

ザックリと すくって食べようとしたら

「あら?」

中身は、スポンジ生地。

これはプリンでは無くて、クリームの掛かったシフォンケーキだった。

でも、それでもウマかったけどね。

2011年4月24日 (日)

それは突然やってきた。

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昨夜遅く、僕が ひとりでテレビを見ていたら いきなり

「プツン!」とテレビの映像が消えてしまった。

画面の電源が切れて真っ黒。

本体の電源やコンセントを入れ直したりしてみたけど、全く

テレビは映らない。

反応しない。

参ったねー。

とうとう、壊れたか。

今、使ってるテレビは2002年サッカーワールドカップの試合を

観る為に買ったアナログ・ブラウン管テレビ。

購入しておよそ10年経過。

おまけに丁度、今年は地デジ化に伴い、デジタルテレビへ買い替えないと

いけない時期でもある。

考えようによっては 買い換える良いキッカケになったかも。

それにしても ビデオも一緒にデジタルへ買い替えないといけないので、

痛い出費だわ~。

おまけに買い替えるのに数日は かかるでしょうから、自宅ではテレビの

音の響かないサイレントな生活が続くことでしょう。

毎日、どっぷりとテレビに浸かった生活をしてきたので、

テレビの無い生活って、どんなもんだろう。

未体験の生活が始まろうとしている。

2011年4月 8日 (金)

お手軽な若返り法

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最近僕は 人に会う度に 挨拶代わりに言われる言葉がある。

それは

「(僕の頭を見上げながら)最近、白髪が増えたねー」

と しみじみ言われる。

そうなのだ。

僕も実は 自分の白髪が、気になっていた。

白髪が有るだけで、実年齢よりも 随分と老けて見られる。

それで僕は 老けて見られるのを少しでも防ぐ為、

風呂上がりの度に 鏡に向かい、気付いた白髪を1本、1本、

プツリ、プツリと毛抜きを使って抜いていた。

しかし、最近は白髪の量が多く、毛抜きで抜くには量が多くて、

追い付かなくなっていた。

僕も もう、歳かしら。

いやぁね。

それで先日、行きつけの散髪屋へカットに行った時、白髪の話をしたら

散髪屋の頑固オヤジは、

「それなら『白髪ぼかし』を やってあげるよ」と言う。

「え? 白髪ぼかし?」

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「白髪染め」は聞いた事があったが、「白髪ぼかし」は初めて聞く

言葉だった。

散髪屋のオヤジの話では、白髪染めは 白髪を真っ黒に染めるけれども

その分、髪の毛へのダメージが大きい。

しかし、白髪ぼかしは 黒く染めるのでは無く、灰色に染める。

「白髪染めに比べ、髪の毛へのダメージが少ない上に 安価で済む」と

言う事だった。

割と白髪の少ない、白髪が出始めたタイプの人に勧めているらしい。

早速、僕はお願いした。

作業は 気になる部分にクリームらしきものを塗り、ほんの数分、

アゴの髭を剃ってる間に髪の毛へ染み込ませて、後はシャンプーで

洗い流すだけ。

アッと言う間に終わった。

仕上がりを見てみれば、なるほど、元々あった黒い髪の毛と混ざれば、

灰色に染まった白髪は 目立たなくなっていた。

しかも 一般の白髪染めだと 白髪が伸び始めれば、染めた部分と

染めてない無い部分(白髪)の境が はっきりわかるそうだが、

白髪ぼかしは 灰色の為、髪の毛が伸びても 境目が、

分かりにくいらしい。

自宅へ帰り、家内へ染めた髪の毛を見せてみると

「若返ったね」と言われた。

そして最近は もう誰に会っても白髪の話題は出なくなっていた。

2011年3月30日 (水)

僕が自分の仕事より、同僚の仕事を優先する理由

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僕は今まで 間違っていた。

今まで 勘違いをしていた。

僕は今まで同僚から仕事のお願いを受けると、自分の事は後回しにし、

その同僚の仕事を最優先してきた。

うつ病になる前は それが「優しさ」だと思っていた。

しかし、それは 明らかに間違いで、リワークで色々と学んだ結果、

それは自分にとって「都合の良い言いわけ」である事がわかった。

なぜか?

1.同僚から(本来、僕には関係無い)仕事の依頼が来る。

   ↓

2.僕がそれを断る。すなわち、自分を主張する。

   ↓

3.互いに主張があるので、意見の葛藤が起こる。

   ↓

4.実際の僕は 事前に葛藤が起こるのを予測した。

   ↓

5.葛藤が起こるよりも 僕にとっては仕事の依頼を受けていた方が、

  衝突が起こらないので、好ましかった。

  別な言い方をすれば、葛藤から逃げていた。

   ↓

6.結果、自分のやらなければならない仕事量を自分で増やしていった。

  仕事の抱え込みの原因を作っていた。

   ↓

7.それに気付かず、僕は「同僚に対する優しさ」と言う言葉で忙しいながらも

  「自分は良い事をしている」と思っていた。

   ↓

8.知らず知らずの内に 体へ無理が来て、結局は うつ病になってしまった。

もう今後、

同僚からの僕には関係の無い依頼は、ハッキリと断ろう。

自分を自己主張し、自分の意見を言おう。

しかも今まで僕は「自己主張は他人の迷惑になるので、やってはいけない」と

勝手に思っていた。

仕事の抱え込みの原因がわかった 今、同僚との葛藤が起こっても構わない。

自分を最優先しよう。

それが僕にとって、うつ病の再発防止策のひとつ。

(でもさー、そう強い事を言っても いざ、お願いされると人情的に弱いのよね。

  出来るだけ、カドが立た無いよう頑張ります。)

2011年3月28日 (月)

偶然の再会

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そもそも事の発端は、某自動車メーカーへ車を点検に出した事から

始まった。

点検後、お店の営業マンは

「タイヤが取り換え時期です。タイヤの見積を致しましょうか?」

僕は見積をもらい、発注はせずに そのまま帰った。

僕は商品を購入する時に必ず、他社からも見積を取って、値段を

比較した後で 発注する。

そして昨日は終日、タイヤ探しの旅が始まった。

鹿児島市内のタイヤショップ、カー用品店を思いだせる限り、

お店を見て回った。

僕は鹿児島市内のアチコチへ車を走らせ、交渉し、その度に見積を

もらって、疲れ果てていた。

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「もう帰ろう」と車を走らせていた道で、ふいに小さなタイヤショップが

目に入った。

僕の予定に無かったお店である。

もう何軒分も見積書をもらっていたので、検討材料は充分だったが、

何となく そのお店が気になった。

僕は 迷いも無く、ハンドルを左に切り、お店の駐車場へ入った。

お店に入ってみると 店内は、所狭しとタイヤが積み上げてある。

僕は店内を歩いていた一人の店員に 目がいった。

「ムムム、コイツは、もしかして?」

相手も 僕を気付いた。

その相手は、僕の田舎の小・中学校時代の同級生だった。

お互い、それなりに歳を取っているけれども、名前を確認し合うと

スルスル~ッと 一気に記憶が数十年さかのぼり、仲が良かった

昔の付き合いの頃を思い出した。

子供の頃、彼と僕の共通点は、オーディオマニアだった。

当時、レコードの貸し借りをし、本当は訳も わからないくせに

背伸びして、音が良いとか、悪いとか、オーディオ雑誌の真似をして

音の評論をやっていた。

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懐かしい対面だった。

それこそ数十年ぶりだった。

しかし、カラリと明るく笑う笑顔は 昔と変わらない。

僕は彼へ 今、僕がタイヤを探している事を話すと 喜んでタイヤの

詳しい説明をしてくれ、見積も すぐに出してくれた。

帰り際、彼の名刺をもらい、見てみれば「店長」と役職が付いていた。

「出世して、偉くなったんだな」と僕は感じた。

帰り際、彼は「見積、安くしといたかね」とサラリと言った。

タイヤの発注に関しては 今すぐせずに 実際には、家内の許可が

必要なので、見積だけもらって帰った。

多分、彼の事だから精一杯、安くしているだろう。

そして 自宅で見積の金額の比較をして、仮りに他社が安くても

僕は彼へ発注するだろう。

タイヤに関しても彼が勧める商品だから 間違いないだろう。

そして、僕は彼のお店の売り上げに 僅かながらでも協力したい。

それに何よりも 「彼にまた会って、彼の笑顔を見たい」と思った。

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それにしても 今回は予定に無く、たまたま見つけたお店に

引き寄せられるように入り、昔の友人と出会えた。

不思議な再会も あるもんだ。

僕としては、

また これを機会に、彼との新たな繋がりが出来れば嬉しい。

2011年3月25日 (金)

消えて行った「怒り」の感情

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実を言えば、ここ数日の間、僕は怒りの感情に満ちていた。

或る人から 僕への一方的な発言、そして他人を巻き込んで、

自分を擁護し、騒ぎを大きくするその態度に

僕の怒りは 頂点へ達していた。

「いつか大きな仕返しをしてやろう」と 企んでいた。

でも、僕は止めた。

僕は もう今後、その相手と関わる事を止めた。

(相手を認めると言う意味では無い)

今回は 相手に対して真正面から ぶつかり、怒りが強かった為に

白黒付けたい気分だったが、もう止めた。

なぜなら「怒り」と言う感情は とてつもなく大きなエネルギーを使う。

今回の件で、その事を知った。

人間の 気のエネルギーには限りがある。

僕は その相手宛にパソコンに向かって文章を書いていた。

書いてる途中は、夢中で気付かなかったが、書いた後には大きな疲労感が

残り、うつ病の症状は ひどくなっていた。

翌日、再度 文章を書こうとしたが、エネルギー不足の為、パソコンに

向かう事すら出来なかった。

よく考えれば、

他人と意見の相違があるのは 当たり前である。

このまま会話を続けても その相手と僕は平行線のままだろう。

そう思えば、「怒り」と言う感情は、気のエネルギーの

無駄遣いである。

「今後、似たような体験をしたら 受け止めずに軽く聞き流そう」

 (話を聞いてるふりをしよう。馬耳東風でいよう。)

「怒りと言う感情は、気のエネルギーの無駄遣いだ」

そう気付かせてくれたのは、今日行った某カフェの人達の

おかげだった。

僕は その人達と会話しているうちに 自分のエネルギーを相手への

「怒り」に費やしている事が、馬鹿らしくなった。

その相手と議論したところで、何の得があるだろう。

僕は そのカフェにいる内に 知らぬ間に癒されていた。

僕はスタバで ひとり、自分の時間を楽しむのが好きだけれども、

今日のように温かい日だまりのような 人の輪の中に入って ゆったりと

会話するのも悪く無い と思った。

今日は、某カフェの皆さんのおかげで救われた。

そのカフェに行かなければ、僕の感情は まだ今でも「怒り」のまま

だったに違いない。

お店を出る頃には「怒り」の感情は、自然消滅していた。

僕は 某カフェで出会った皆さんへ感謝したい。

 【追伸・上記写真のコーヒーを出してくれた某カフェの皆さんへ】

多分、またここをご覧になってると思います。

今日はお世話になりました。

上記文章のように 今日はおかげ様で救われました。

またお店へ伺います。

ありがとうございました。

2011年3月23日 (水)

第二子、第三子の感情

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今日は某所でプレゼンテーションがあった。

僕は聴講者で参加した。

ある人の発表後、質疑応答に入ったのだが、話題は いつの間にか

「兄弟」の話題になっていた。

その時にプレゼンを発表した人は、二人兄弟の弟(第二子)で、

その人が言うには、幼いころから

「優秀な兄といつも比べられ、『弟はダメだ』と言われてきた」と

言う発言をすると、他の聴講者(二男・二女他、第二子・第三子)の

人達も同じく、

「兄(姉)の方に親の愛が注がれて、私はもっと構ってもらいたかった」

とか、

「兄(姉)の方が、親に ひいきされていた」

(参加者は全て大人)

と 言った似たような意見が多く出てきた。

僕は長男で、まさしく第一子だ。

両親や祖父・祖母から チヤホヤされて育ってきたせいか、

上記の発言の感情を思った事は、一度も無い。

僕は今回、弟や妹にあたる人達の この意見を聴いてびっくりした。

こんな感情を持ってるなんて思いもよらなかった。

そして、僕自身は 二人兄妹の兄だが、

「ひょっとしたら僕の妹も こんな思いをして育ったのかも?」と

ちょっと疑問に思った。

2011年3月13日 (日)

14日に備えて

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明日は3月14日。

14日と言えば、言わずと知れた「TOHOシネマズディ」。

シネコンのTOHOシネマズ与次郎の入場料が千円になる日。

普段に比べ、ちょっとお得。

明日は また価格の安い事を狙って、映画を観に行く予定。

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ところで、本当の僕の言いたかった事は映画館の事では無く、

3月14日と言えば、そう、「ホワイト・デー」だ。

以前、僕は家内へ尋ねた。

夫「あのさー、今度のホワイト・デーは、スタバのマグカップ

 (期間限定デザイン)と ハイボールのどっちがいい?」

妻「ハイボールの方がいい」

そうなのだ。

家内は夜、自宅にいた頃(現在のように外泊をし、朝帰りをする前)は

風呂上がりにビールでは無く、缶入りのハイボールを好んで飲んでいた。

そして朝は お気に入りのマグカップでコーヒーを飲んでいたのだった。

僕は酒屋へ行き、家内好みのウイスキーの銘柄と ウイスキーを割って、

ハイボールを作る為のソーダ水(500mlペットボトル)を数本、

購入した。

そして、これらは14日を待たずして既に家内へ渡した。

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家内は僕へ言う。

妻「こう言う事は私に黙って、内緒で行動してよ」

この言葉からわかるように 家内はサプライズ好きである。

16年間も一緒に暮らしてきたので、よくわかっている。

例えば、自分(家内)の誕生日や クリスマスには何がもらえるのか、

言葉には出さずとも密かに期待している。

先ほどにも あったように本来ならば、プレゼントの要望を尋ねるのは

NGなのだ。

それは「何がもらえるか、わかっていると おもしろくない」から。

事前に聞かれるようでは、満足しないらしい。

「今、私の欲しい物を当ててみろ」と言う、どれほど現在の家内を

理解しているか、家内からの試練になっている。

僕はイベントの度に家内から試されている。

ホワイトデーのハイボールのプレゼントに加え、今日はスターバックスの

女性用の洒落たお菓子を買ってきた。(一番上の写真)

家内は お酒を飲む時に必ず、お菓子をおつまみにして飲む。

おつまみ無しに 酒だけで飲むと言う事は まず、無い。

今日のお菓子は まだ家内には内緒にしてある。

さて明日、家内はどんな反応を示すやら。

2011年2月24日 (木)

買えないし、飼えない。

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僕は犬や猫に特に興味が無く、飼った事も無い。

イオン鹿児島SC内の いつものスターバックスからの帰り道、

駐車場へ向かって歩いていると スターバックスのすぐ隣にある

ペットショップが気になった。

スターバックスへ行く為に いつも通る道だけど、今日は何となく

ふらりと寄りたくなった。

そこのお店では 透明アクリル板(覗き窓)の付いたダンボール箱が

積み上げられていた。

中を覗いてみれば、1~2匹ずつ、子犬や子猫達が入ってた。

僕は何となく、そのダンボール箱を覗いてみる。

そこには 小さな幼い犬がいた。

じ~っと見ていると その子犬と目が合った。

何だか悲しそうな目で、僕の方を見る。

そして前足でバタバタと アクリル板を叩いてくる。

それは まるで、「ここから僕を出してくれ」と僕へ訴えかけて

いるようだった。

「そんな動作をするのは やめてくれ~。僕は買う気は無いんだー」

覗き窓の横には 犬の種類と値段等が記載してあった。

僕は記載してある値段を見てみた。

「あれ? やけにゼロの数が多い」

金額の単位を数えてみれば、

「一、十、百、千、万、十万・・・?」

「え~!、犬って こんなに高いのぉ~?」

僕はビックリして、目を疑った。

ついでに 子猫のコーナーも見てみた。

やはり似たような高額の値段だった。

「でも、この猫達って 僕の田舎に行けば、似たような柄をした

 野良猫達がフツーに ゴロゴロいるけど、どこが違うわけ?」

その金額を見て

「やはりウチでは犬や猫は飼えない」そう思った。

(犬・猫好きの皆さん、不快に感じたら ごめんなさい)

2011年2月23日 (水)

消えたエンジンオイル

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鹿児島に住んでいれば、洗車をするタイミングが非常に難しい。

何故か?

それは桜島の火山灰が、いつ降ってくるかわからないから。

今日、綺麗にしたと思っても 翌日、火山灰が降れば、

車のボディは真白。そして、ザラザラ。

また洗車のやり直し。

雨のように事前に天気予報で 火山灰の降るタイミングが分かれば、

苦労しないけど、地震と一緒で いつ桜島が爆発するか、わからない。

昨日は ガソリンスタンドで灰で汚れた車を洗車してもらった。

そのついでにボンネットの中の点検も してもらった。

するとガソリンスタンドの兄ちゃんが、慌てた口調で、

「お客さーん! エンジンオイルが空っぽですよ~」

オイル量を測るゲージを見てみれば、オイル量の低限よりも更に低い、

ゲージの先っぽに ほんのちょっとだけ、オイルが付いてる。

「マジで~?」僕はビックリした。

エンジンが焼きつくのでは無いかと心配した。

そしてガソリンスタンドの兄ちゃんは ここぞとばかりに自社で扱ってる

エンジンオイルを購入し、補充するよう勧める。(営業活動)

「いえ、結構です」僕は断った。

ちょっと心配だったが、このまま走って いつもメンテナンスを

してもらってるディーラーへ持って行った。

「しばらく預からせてください」

原因がすぐには わからず、エンジンをバラす必要があるらしい。

オイルが車の下に漏れた形跡も無いのに 何処へ消えるのかしら。

そう言えば、昨年も同じ車で、同じ事があったのよね。

困るわ~。

それにしても オイル残量が無くてビックリした。