苦しさの上塗り
病室からは父の尋常じゃない叫び声が聞こえてきた
「ウヮー!、ガァー!」
医者の行う気管内挿管で父が苦しがっている声だ
麻酔をしてから行うと言ったじゃないか
僕の聞き間違いだったのか
治療の判断で父を苦しめていることに心が痛い
叫び声を聞いて僕も苦しい
転院したての午前中、父は医師へ「延命治療はしない」と しきりに言っていたらしい
それは前回の入院で気管内挿管の苦しさを知っていたからだ
僕達家族は話し合った上で、「頑張って(退院して)戻ってきて欲しい」と父へ懇願した
父も僕達の話を聞くと「負けてたまるか、何でもやる」と言っていた
しかし父の苦しむ叫び声を聞くと、その判断は正解だったのか
ただでさえ病気で「苦しい、苦しい」と訴えていたのに、更に治療で苦しめてしまった
ここは医者のアドバイス通り、静かに死を選択した方が良かったのでは無いか
処置が終わり、父の病室へ戻る
口には酸素補給の大きな管が入つている
管が喉を通っていることにより苦しいので、鎮静剤で眠らされている
更には無意識に管を取ってしまわないよう、両手はベッドに縛り付けられていた
これで身動きは取れない
前回の入院ではこの方法で帰って来てくれた
実を言えば、事前の医師の説明によれば
「今回の原因は前回と違うので、挿管しても治るか非常に厳しい」
「患者本人に苦しい思いをさせず、静かに治療した方が良いのでは無いか」
(何もせず死を待つのみ の意)
そう言われていた
それでも僕達は
「父に帰って来て欲しい」願っていた
でもその思いは父の苦しみを無視した、家族の勝手な要望なのか
父は気管内挿管を行う直前、少し意識がもうろうとする中で家族一人、一人に
「ありがとう、ありがとう、世話になった」と言っていた
僕には「最低の父親だった。すまない」と謝っていた
涙が出た
(そんなこと、無いよ)僕は言葉に出来なかった
病気の痛みで意識が遠退く中、父は
「迎えのバスが来た。じゃぁ、乗るからね」
そう、呟いた
「乗ったらダメ!戻ってこれなくなる」
今、父は気管内挿管を受けて強制的に眠らされ、治療を受けている
父の横になった痛々しい姿を見ていると果たして、この苦しめた治療は正解だったのか
医師の言うとおり、静かに眠らせた方が良かったのか
いまだ分からない
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