過去に不妊治療をやりました
今朝の情報番組を見ていたら偶然に 某タレントが不妊治療を
やった時の辛さを語っていた。
僕自身も、結婚していた頃、家内が不妊治療を行っていた時期がある。
それは大変な心労だった。

僕達は20歳代で結婚したけれども、30歳代になっても
一向に子供が出来ない。
家内は 自ら、不妊治療を目的に産婦人科へ通うようになった。
今 思えば、家内自身が子供を欲しがっていたのは
事実だが、その一方、
「僕が長男であり、その子供を産まなければならない」と言う
プレッシャーも 有ったのだろう。

その治療は長期に渡った。
家内から産婦人科での治療の様子を聞く。
それは女性にとって心理的に、体的にも大変負担の掛かるものと感じた。
僕自身も検査を受けた。

家内は
「先生は『今度こそ、大丈夫』と言っていたのに、また(子供が)出来なかった」
と言って 毎月、生理が来るたびに 泣いて悲しがった。
家内は深夜、自宅で泣いて、うずくまる。
その様子を見ている僕も とても辛かった。
見ていられなかった。
その様子を見て、僕も涙が出てきた。

或る日のこと。
医師より、
「この治療法を行うとお腹に赤ちゃんが7~8人出来ますよ。
それでもやりますか?」
その究極の問いに 家内は何ら迷いも無く、
「やります」と答えた。
しかし結果は やはりダメだった。
赤ちゃんは出来なかった。
それは今までに無い、相当なショックだった。
僕は その結果を知って、或る決意した。

「もう これ以上、不妊治療は禁止。
子供は不要。
子供よりも、あなた(家内のこと)が ずっと大切です。
はっきり言って、悲しむあなたを見る事は 耐えられない」
そう、家内へ伝えた。
「子供なしで、生きて行こう」 そう、決意した瞬間だった。

あれから現在の僕は 自分と同年代の友人の子供を見て思う。
「もしも、あの時に不妊治療を まだ続けていたならば、
ひょっとしたならば、僕にも
この年齢ぐらいの子供が、いたんだろうな」
でも、僕は 何ら後悔は無い。
しかし、唯一、心に引っかかるのは、不妊治療で家内へ負担を掛けたこと。
その罪悪感(申し訳無さ)は、離婚した今も 拭い切れない。

人生に「もしも、あの時・・・だったならば」は 通用しない。
過ぎ去った過去は(出来るだけ)振り返らず、僕は今を懸命に生きる。
未来に向かって走る。

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